'12/4/30 〜 5/12  妄想芸術劇場・ぴんから体操

都築響一presents
■妄想芸術劇場・ぴんから体操
入場料500円
こちらの展覧会中は、土・日・祝日、全日営業致します。(12時~17時迄)

◆5月8日(火)
「ぴんから体操」展覧会記念特別トークイベント
都築響一×リリー・フランキー
17時開場(1D付)2,500円

写真が瞬間芸だとすれば、イラストは独演会だ。観客ゼロの高座で2時間、汗みどろで語りつづける脳内の発情ランドスケープだ。
写真ページの添え物とさげすまれ、アートともイラストレーションとも漫画とも認知されないまま、ひっそり増殖する隠花植物。
欲情の、淫夢の、妄想のもっとも純粋なあらわれとしての、マイクロ・ニルヴァーナ。

 日本のエロ雑誌史上、ある意味でもっともエクストリームな強度と純度を保持しつづけるシロウト投稿露出写真誌『ニャン2倶楽部』。その過激さと、画面から滲み出る抒情性は海外のハードコア雑誌とは一線を画す、日本的なるエロ・スピリットにあふれている。
 1990年の『ニャン2倶楽部』、そして93年の『ニャン2倶楽部Z』創刊当初から設けられた投稿イラスト・ページは、誌面の大半を占める投稿写真に圧倒されながらも、「イラストの森」「趣味のあぶな絵」「汗かきマスかきお絵描き教室」「現代の春画展」などと、そのときどきで適当なタイトルをつけられながら、片隅で現在も継続中である。

 20年間の歴史が生み出した常連、名物投稿者は枚挙にいとまがないが、分厚い雑誌のうしろの2ページほどに、名刺ほどのサイズでしか掲載されない作品は、年々過激になっていく投稿写真の陰に隠れ、ほとんどの読者の注意を惹くことなく、現れ消えていった。  それが写真ならいくらでも焼き増しすればいいし、デジカメの時代となった現在ではデータを送ればそれで済む。でもイラストは、そうはいかない。時間をかけて、一枚ずつ”オリジナル”を描かなくてはならないのだが、この種の雑誌は投稿作品を返却しない。つまりせっかく描いた作品が、編集部に送ったまま失われるということである。
 しかも投稿者のなかには作品の裏面に、ときにはびっしりと長文の解説というか物語を書き綴るものがいるのだが、投稿ページでは採用されたとしてもイラストが掲載されるだけで、文章まで載ることはあり得ない。そういう約束事を全部わかっていて、それでも創刊された1990年ごろから現在に至るまで、20年以上も作品を送り続ける投稿者がたくさんいるというのは、いったいどういうことだろう。
 自分の作品が掲載されれば、掲載料が微々たるものであっても、それはうれしいだろうが(しかし掲載の喜びをだれと分かちあえるのか)、失われることがあらかじめ約束されていながら、作品を描きつづけ、送りつづけ、失いつづけること。僕らが考えるプロフェッショナルなアーティストとは180度異なる創作の世界に生きる表現者が、それもメディアの最底辺にこれだけ存在していること。それをいままでほとんどだれも認識せず、もちろん現代美術界からも、アウトサイダー・アート業界からも完全に無視され、投稿写真家マニアからさえ「自分たちより変態なやつら」と蔑視されながら、いまも生きつづけ、描きつづけていること。
 妄想芸術劇場とは、そうした暗夜の孤独な長距離走者を追いかける試みである。

都築響一

ぴんから体操

ぴんから体操プロフィール

 太平洋に面した中部地方の小さな町に、ぴんから体操は1967年に誕生した。今年45歳になる彼は、いまも生まれ育った町に暮らしている。
 中学卒業後に工員として働きながら、ぴんから体操が投稿を始めたのは19歳ごろのこと。最初は『ロリコンクラブ』や『オトメクラブ』、『お尻倶楽部』が投稿先だったという。ちなみに「ぴんから体操」というペンネームは、ぴんから兄弟と、大好きな新体操の組み合わせ、だそうだ。
 画家ではヒエロニムス・ボスが好みというぴんから体操は、多いときには月産30点ほどもの作品を投稿する生活を、もう25年以上続けていまだ飽くことがない。仕事を辞めた現在では、投稿作品制作と「オブリビオン」などのゲームにハマる日々を過ごしているという。


展示の様子

  • 展示の様子
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