「顔こそエロス」
そう言い切る作家・水元正也。鼻をつままれ目玉が飛び出そうな程まぶたをめくられ歪められた女性の顔の絵…そのような彼の作品を記憶されている方も多いかもしれない。
しかし最近の水元正也作品はどこか違う。
派手に顔を変形させることはなく、絵は静寂な空気に包まれている。
しかしその静けさこそが不穏なムードを最大限に高め、ふっと精神の恐ろしい袋小路に迷い込んだかのような表情を鉛筆一本で描き出す。
2012年8月13日(月)から8月18日(土)まで行われる水元正也展「予防接種」を目前とした氏に作品へのこだわり、個展の意気込を伺った。静かに水面下で遂行される密事の真意とは何か!?

―水元さんの作品は主に女性の顔の描写がメインですね。水元さんにとって身体は表現する対象外なのですか?
水元(以下:水)そうでもありません。この人の体がどうしても描きたい!というモデルさんがいれば体も描きます。それが特殊な体というわけでもなく、ごく普通の身体です。顔程のこだわりはないというだけのものです。
―なるほど。水元さんの顔へのこだわりはモデルによって相当かわりますね。今まで女性ばかり描いている水元さんですが、男性をモデルに描こうと思った事はありませんか?
水:そうですね、こういう顔が好きというよりもこの人だったらこうしたい、というポーズを描いています。いちおう異性愛者なので女性が多いですが、本当に顔だけにこだわるなら、ベストなパーツに出会えれば男性も描くかもしれません。
―DMの作品にも現われていますが、別に吐いている訳でも顔を歪められている訳でもないのに不穏な感じが以前に比べ増しているような気がします。この極端すぎるローアングルも象徴的です。ローアングルにこだわる理由はありますか?
水:以前はとくにローアングルに対するこだわりはありませんでした。実は自分の作品のローアングルの比率の高さに気が付いたのも、はじめてインタビューを受けた時にいつも下から見上げている構図を指摘されたからです。
そういえば何故だろうと考えました。基本的に自分がマゾヒストで、女性に見上げられるのが大嫌いなんです。上目遣いとか吐き気がする(笑)そうするうちに知らず知らずのうちに上から女性を見下ろすことを避け、見上げるようになっていったと思います。
―アイドルのグラビアなんかの構図は水元さんにとって地獄ですね(笑)話は変わりますが、水元さんの作品には質感へのこだわりをとても強く感じます。
水:色々な物の質感が好きです。壁の肌理、床のしみ、人の質感。そういったものを描いているうちにどんどんと細かくなっていきます。しかしやり過ぎるとうっとうしくなってしまいます。
例えば舌はとても難しいです。舌を描いている人が他に居なくて参考にするものありませんしね。どこまで描きこんでいいのかわからないのです。描きこみ過ぎるとタオルみたいになって、逆につるっぺただとハムかソーセージのよう。肉に限りなく近い、肉じゃないものとでもいうのでしょうか(笑)僕の絵の場合、質感の描きわけがとても大切です、特に口は質感が異なるもののオンパレードですね。
―そうですか。水元さんの作品には絵の上に重ねて加工をする技法が見受けられます。このように作品を「汚す」行為はどうしてするのですか?
水:「汚し」は古い映像やフィルムの砂嵐やよごれの質感、壁や床が朽ちてボロボロになる質感、ジョエル=ピーター・ウィトキンや荒木経惟さんなどの影響を受けました。僕は基本写実でデフォルメしません。その結果、コントロールできずに偶然できる形を探したい欲求がある。綺麗に順序よく作るよりは、一旦わざとずらして力ずくで戻すのが好きで。もちろん汚しを入れ過ぎてお蔵入りもあります。そのリスクの高さ、そして誰も他の人がやらないというのが良いです。よく頭がおかしいって言われます(笑)
上手くいったものと失敗ははっきり分かれます。最近はお蔵入りになりっぱなしももったいないから、なんとかしようと。そうやってごまかしているうちにどうせ失敗作だからこれ以上悪くなる事はないと大胆になっていきます。上手くいっていると壊すのが怖くなってしまって今までと同じ上手くいくパターンしかできないですしね。
―個展のもう一つの目玉・水元さんの言葉のセンスも毎回楽しみなのですが、今回の「予防接種」と言うタイトルになった理由を教えて下さい。
水:今まではずっと長めのタイトル(2009年「子供たちは森に消えた」、2010年「王子様の口づけは、まだかしら」、2011年「青ざめた白い鳥」)でしたが、次は短くてインパクトがあるのにしようと考えていました。今回のタイトル「予防接種」は、風邪を引いて病院に行った時に待合室のポスターに「予防接種を受けましょう」とあって。これだと思いました(笑)音の響きが良いと思います。
―そうでしたか、今回はストレートに来たなと思いました(笑)今回の新作の見どころを教えて下さい。
水:描きこみが一層濃密になりました。描くスピードが速くなった分、より細かく描くようになりました。そうしたら余計時間がかかるようになりましたけれど(笑)今回の個展では新作を10点程展示します。
また旧作も展示しますが少し手を加えています。以前は一度完成したものに手を入れないこだわりがあったけれども、最近は完成して展示して、改めて自分の作品を眺めると見えなかったところが見えてくることもあります。それを放置するのではなく手を加えて発表しようと考えています。やり過ぎてしまったり、「完成した!」と思っても壊してしまったり…必ずしも加筆が良いとは限りません。何を描くか、何を描かないかの境界線ですね。
今までは女性の顔を変形させている絵のイメージを持たれている方も多いかとは思いますが、あくまでモデルさんの素顔があって、その素顔の状態が好きで変形させています。今回は今まで知られていないもう片方の部分、モデルさんの素顔の状態をメインに描いています。しかしそれでも普通にはならないのです。
今までは僕が鼻をつまみ、口に手を入れる現場を表現していましたが、今回は行為を予感させるというような、作品を観ている人にも「やってみたい」という気持ちを喚起させるような、そんな作品が多いです。
硬い質感、触ってみたい、つまんでみたい、顔をギリギリまで近付けて見てほしい質感。様々な質感を味わってもらいたいです。
―精神状態の一番暗い部分がふっとあらわれる、独特の怖さ不吉さがにじみでますね。普通に戻る事でさらに怖さが増してくる。そして前より画面が落ち着きましたね、とても静かになった。画面がだんだん無音になっていく感じですね。
水:確かに前はごちゃごちゃしていたかもしれないですね。作品の中のノイズがなくなりました。
―今までの個展などで感じた事ですが、水元さんの作品をサディスト目線で鑑賞される方も多いと思います。そのように作品を解釈される事についてどう思いますか?
水:難しいですね、僕と似た趣味の人にであうことはないのですが、やはりサディスト目線がすごく多い。僕は鼻フックとかはしたくないんです。でも鼻フックをする人を否定するという意味ではありません。自分とは趣味が違う事を理解して欲しいとかではなく、ただなんとなくわかってほしいです。
―さらに今回、リリース文章に「マニアはマニアを見抜く」という一文があります。マニアという言葉が初めて出てきましたね。「マニア」の捉え方がマニアの人なのだなぁと思うのですが、水元さんは自分自身をマニアととらえますか
水:普通では無いかもしれません。マニアを名乗るポルノなんかだとマニアが本当に好きで作っているモノと、素人がマニアを真似して作っているのが分かってしまいます。
もし自分と同じ嗜好の人と会ったら、「マニアじゃなくて普通じゃん!」って思われるかもしれません。また、意見が違うなら議論するとか相手のこだわりを知ってみたいと思います。マニアを名乗ってはいますが、自分がどこまで深いマニアなのかわからない。
エロティックな作品を描くアーティストといいながら女性の顔しか描かないのは他に居ないのではと思います。僕にとって顔こそ性的魅力なのです。
―では8月13日からの1週間、ヴァニラ画廊は水元さんにとって最高にエロティックな場へと変わりますね。
水:本当は顔なんか人にさらして歩いてはいけないものですよ!(笑)
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水元正也展「予防接種」
8月13日(月)~8月18日(土)営業時間:12:00~19:00 ※最終日は17時まで
http://www.vanilla-gallery.com/archives/2012/20120813.html