麗しき菫色の文法ー倦怠の美学に寄せて


「菫たちの慎ましい加護のもとに、

私は物言わぬため息と苦悩を置きましょう。

それは今宵私について離れないもの。

このあまりにも美しい宵に!」



(中島淑恵訳 ルネ・ヴィヴィアン「菫への祈り」より)




 19世紀末から20世紀初頭にかけての西欧の文芸では、「デカダンス」と呼ばれる傾向が流行し、虚無的・耽美的・病的なものを好む風潮が盛んであった。かのボードレールやユイスマンス、ワイルド等が活躍した頃でもある。
 そしてベル・エポックのパリに生きた詩人、ルネ・ヴィヴィアンもまた、その時代の芸術を担った一人である。



 ルネ・ヴィヴィアンが同性愛を嗜好する者であったということは、彼女の詩の退廃的な魅力を語るためのひとつの重要な要素であろう。
 彼女の詩に薫るそのレスボスの愛の姿は、情熱的な恋愛であったり、めくるめくような肉体の官能を湛えたものではない。それは常にかそけきものであり、沈黙するものであり、失われゆくものであり、倦怠のうちに追想されるものである。
 はち切れんばかりに躍動する生の朗々とした明るさに異性愛が準えられるのならば、それとは裏腹に、厭世・諦念・崩壊への誘い・孤独といったものの甘美な魅力と、同性愛の情緒が重ねられる傾向もあったのではないだろうか。
 そのようなレスボスの愛の麗しい退廃の魅力と、時代のデカダンスなムードが絡み合い、ヴィヴィアンは世紀末の芸術を彩るミューズと成ったのであろう。

(これは同性愛を「異常」「異端」と見なすということではない。また、私見であるが、現世の秩序からの一種の逸脱と同性愛を結び付けて高い精神性を見出す傾向は、日本の江戸時代の男色に関するひとつの傾向性とも似通ったものを感じる。)


 咲き誇る大輪の薔薇の花、芳しい香りを惜しげもなく振りまき綻びる気高き百合の花。

 それらの瑞々しい花弁に見る、燃える様な情熱や華々しい享楽はしかし、時に私達を疲れさせる。
 退廃と憂鬱の美学を知った詩人、ルネ・ヴィヴィアンは、その美学に相応しい花として、菫を選んだ。
 きらびやかな魅力は無いが、慎ましく静かに咲く、可憐な花である。
 彼女はその小さな花に、かつての情熱の亡骸と、安らかな倦怠の眠りを見たのであろう。

 そこには冷ややかに翳る、硬質なエロティシズムが漂っている。

 

sumiregahou.jpg今回ヴァニラ画廊に集った九人の女性作家達は、ヴィヴィアンの姉妹としてその美学を作品に表現している。

 菫色のカーテンが垂らされ、美しい調度品が置かれた画廊の内部はさしずめ19世紀末のサロンと云ったところか。
 絹糸が紡ぐ麗人の遺髪の三つ編み、美しい言葉の響きを其のまま形にした様なカリグラフィ、どこか切ない面影を感じさせる染め花のコサージュ、様々な情感を描いた絵画、繊細な表情を浮かべる人形…
 年代物の蓄音器が奏でる哀愁を帯びた音楽に耳を傾けつつ、このサロンに寄せられた麗しい美術作品を、じっくりとお愉しみ頂きたい。

 作家達が丹精を込めた様々の作品、それらが展示され装飾された小部屋、そしてそこを訪れて来て下さる皆様の存在、それら全てが絡まりあってルネ・ヴィヴィアンの甘やかな退廃の世界を追想させること、それこそが麗しき「菫色の文法」であると、私は考えている。


(画廊スタッフ・伊藤)

DSCN3597.JPG



◆《菫色の文法》展 vol.1 ~ルネ・ヴィヴィアンの寢臺~◆


■3月21日(月・祝)~4月2日(土) ※日曜も営業致します。

■参加作家
★ゲスト・アーティスト
浅野勝美(鉛筆画)
佐分利史子(カリグラフィ)
須川まきこ(ペン画)
染め花 Horry(コサージュ)
鳥居椿(水彩画)
横井まい子(油絵)
★菫リボン会メンバー
古川沙織(ペン画)
森馨(人形)
ミストレス・ノール(服飾・オブジェ)


http://www.vanilla-gallery.com/archives/2011/20110321.html


★『アンソロジー《菫色の文法》第一集~ルネ・ヴィヴィアンの寢臺~』

同時刊行!
ルネ・ヴィヴィアン研究の第一人者、中島淑恵氏によるヴィヴィアン訳詩集(本邦初訳含む)、『レスボスの女王──誘惑者ナタリー・バーネイの肖像』(国書刊行会)の翻訳で知られる小早川捷子氏によるエッセイなどを収録、《菫色の文法》展カタログも兼ねた箱入りのアートブックです


★《菫色に囁くちひさな朗読会》
3月26日(土)14時~ 入場無料

詩の朗読と蓄音機の奏でる音楽の午後、ベル・エポックの退廃を追想するささやかな会です  *展示は通常通りご覧頂けます

★《菫色の名曲室》
平日17時~19時

レイナルド・アーンを中心とした往年の仏蘭西歌曲、ルネ・ヴィヴィアンの恋人ナタリー・バーネイのサロンでも演奏したランドフスカ夫人の貴重な音源などを蓄音機にてご鑑賞頂けます  *展示は通常通りご覧頂けます


★《菫色のしずく》
19時~23時半・日祝定休

画廊直営バー「ヴァニラマニア」にてオリジナル菫カクテルを提供します


皆様のご来場をお待ちしております。