2010年7月アーカイブ

ヴァニラ画廊では、展示スペースとは別に古書・書籍も多く取り扱っております。

こちらのコーナーでは作家や画廊スタッフが、書籍をご紹介したり、その周辺にまつわるコラムなどを掲載致します。

 

 

第一回目は、只今ヴァニラ画廊のショーケース内にて書物を追憶するブローチ作品シリーズ《Mourning Casket──追憶の寶石箱》・『死都ブリュージュ』を追憶する新作ブローチ《皮膚と遺髪のネック・ブローチI 夜の喪章》を展示中のミストレスノールによる特別寄稿・作品はもちろん「死都ブリュージュ」です。

 

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《上作品》「死都ブリュージュ」を追憶するブローチ《皮膚と遺髪のネック・ブローチI 夜の喪章》

ヴァニラ画廊・ショーケース内で展示中

 

 

ヴァニラ画廊では古書肆マルドロールより、ジョルジュ・ローデンバック関連の書籍(森開社)をお預かりしております。 

古書肆 マルドロールhttp://www.aisasystem.co.jp/~maldoror/

 

 

ヴァニラの書匣①

死都ブリュージュ

死都ブリュージュ 表紙.gif

著:ジョルジュ・ローデンバック

沈黙と憂愁にとざされ、教会の鐘の音が悲しみの霧となって降りそそぐ灰色の都ブリュージュ。愛する妻をうしなって悲嘆に沈むユーグ・ヴィアーヌがそこで出会ったのは、亡き妻に瓜二つの女ジャーヌだった。世紀末のほの暗い夢のうちに生きたベルギーの詩人・小説家ローデンバック(1855‐98)が、限りない哀惜をこめて描く黄昏の世界。

    

  バレエへの夢想〜《死都ブリュージュ──半喪のパ・ド・ドゥ》

ミストレス・ノール

Degas.jpg 踊り子を描き続けた画家ドガの作品に《『悪魔のロベール』のバレエ(187172)》と題された絵画がある(左画像)。そこには、バレエ史上、最初のロマンティック・バレエとして記念碑的に位置づけられているバレエシーン、墓から蘇った尼僧たちの踊りが描かれているのだが、絵画の主題はむしろ、踊り子との情事を欲するアボネ(年間チケットを持つ常連)の姿、すなわち当時の劇場の赤裸々な現実を描き出すことにあった。19世紀後半のパリでは、バレエは芸術の座から失墜していたのだった。(†)
 この絵画から約20年後のパリで発表された『死都ブリュージュ(1892)』にもこのバレエシーンが予言的に登場するが、「踊り子たちはまず身持ちのいい女とは見なされていない」とあるように、バレエの不遇、バレエへの不信は依然として続いていた。
 しかしながら、バレエを愛するひとりとして、都市そのものが幻想であるこの書物ほどロマンティック・バレエを夢想させるものはない。その夢想をここに記す──

 

 

バレエ《死都ブリュージュ──半喪のパ・ド・ドゥ》 プロローグ付き全三幕 

  

  Quomodo sedet sola civitas plena populo …..    

  あゝ哀しいかな古昔は人のみちみちたりし此都邑

  いまは凄しき樣にて坐し

  寡婦のごとくになれり …..

              (文語訳『舊約聖書』《エレミヤの哀歌》第一章一節より)

 

 荒廃したエルサレムへの悲嘆を綴る美しき調べ──カウンターテナーによるクープラン《ルソン・ド・テネブレ》とともに深紅の緞帳があがった。

 

【プロローグ〜白の女、または宿命】

 薄闇の舞台には一枚の紗が降りている。紗は薄霧のように舞台を暈し、舞台奥の亡き妻であるバレリーナをうっすらとしか映し出さない。

 琥珀の編み毛を垂らした亡き妻の、パ(ステップ)にそって慎ましくゆれる白薄衣のドレープは、灰色の薄闇からふわふわと、この世の者を惑わす妖しさをたたえて浮かんでは消え、ドレープの隙間からのぞく肌は、あの世の禍々しい白さで舞台に死の感触を漂わせている。ただ、琥珀の編み毛だけが、異様な生気を内に秘めて鮮やかに輝いていた。

 ふいに、捧げるように差し出されたしなやかなポアント(爪先立ち)の、なんという厳粛さであろう! それは、あの世から放たれた宿命の矢のように、ゆっくりと、確実に、ブリュージュという地に下ろされた。亡き妻のポアントは語る──ブリュージュとは、厳格なカトリシスムの大気に覆われた、わずかな出来事にも敏感に震える灰色の水面であるということを。

 こうして、ブリュージュの水面に、宿命の一滴がしずかに落とされた……

 

【第一幕〜琥珀、または遺髪のパ・ド・ドゥ】*パ・ド・ドゥは「二人の踊り」の意

 紗幕があがると其処は、霧雨降る秋の夕暮れの室内。悲嘆にくれたユーグ・ヴィアーヌ、黒衣のダンスール・ノーブルがひとり、クリスタルの器に納められた亡き妻の遺髪を前に佇んでいる。遠くでカリヨン(鐘の音)が響いている。「死がもたらす憐れみ」である琥珀の編み毛をあたかも腕に抱くように、ユーグは踊り始めた。

 慈しみ深く踏み出されるパのひとつひとつは、生そのものを薄く削いでゆく痛々しさに満ちていたが、ブリュージュの水面にはその悲痛を受け止める深いやさしさがあった。彼の視線はただただ腕の中のみに注がれ、黒衣で囲まれた虚空がしだいに色づいてゆく不思議を《琥珀のパ・ド・ドゥ》は切々と語っていた。

 たしかに其処には亡き妻が居た。もはや触れることが叶わぬ苦悶が祈りのパとなって、あの世の入り口である遺髪が亡き妻を虚空に現存させていた。エレミヤの哀歌がやわらかな質感で色づいてゆく虚空を見守っていた。 

  

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   フェルナン・クノップフ《ブリュージュの思い出—ベギーヌ会修道院の入口(1904)》

 

【第二幕〜黒、または罪のパ・ド・ドゥ】

 黒ずんだ切妻並ぶ古びた河岸。ユーグは亡き妻にうりふたつの踊り子ジャーヌ・スコットに出会う。亡き妻を演じたバレリーナの一人二役である。

 黒衣で現れたジャーヌは、ブリュージュをやすやすと無防備なポアントで進んでいった、カ トリシスムをたたえた水面であることを無視して。

 ユーグは追う、まるでこの出来事が「運命の慈悲」であるかのように。黒衣のふたりが踊る《黒のパ・ド・ドゥ》は罪深い官能をたたえ、喪の色であった黒はしだいに罪の色となって灰色の水面を犯していった。婚姻していない男女の、許されざるパ・ド・ドゥであった。

 白い頭巾を身につけたベギーヌ会修道女のコール・ド(群舞)が登場し、罪深い黒を中和するブリュージュの意志として、宿命を見守る包容力と厳格な視線とをふたりに注ぐ。真っ白な量感を形作るコール・ドは時に死を語り、また時に純潔を、無垢を、清浄を、峻厳を語り尽くす。

 しかし、《黒のパ・ド・ドゥ》はよりいっそう罪の色を深くしていった。ジャーヌの蠱惑的なポアントは、ユーグの喪を穢し、信仰深い水面に強い衝撃を与えてしまったのだった……

 

【第三幕〜灰色、または影のパ・ド・ドゥ】

 聖血(サン・サン)の行進の日、ユーグの邸宅の一室。通奏低音のようにやさしく鳴り響いていたエレミヤの哀歌はしだいに表情を変え、「信仰と苦行の勧告」の様相を帯びてくる。

 苦悩しつつも罪に溺れるユーグは、今日はじめてジャーヌを家に迎えた。灰色の衣装に身をつつんだ影のコール・ドが、その事実を咎めるように部屋の片隅でふたりを見張っている。

 ふいに彼女はクリスタルの器から亡き妻の遺髪を取り出し、挑発的に踊り始めた。彼が聖遺物のように崇拝のかぎりをつくしてきた遺髪、それをこんな風に扱うことは喪への冒涜だった。

 遺髪をはさんで踊られる《灰色のパ・ド・ドゥ》のなんという荒々しさ……不安定な姿勢のパは互いを傷つけ合うように鋭く、たましいの尊厳を奪い合うはざまで遺髪は無言の悲鳴をあげていた。そうして美しい琥珀の編み毛は「死の道具」となってジャーヌの頸に巻き付き、彼女の息をうばったのだった……

 影のコール・ドは、横たわるふたりに長々と灰色の影をおとした。影とは亡き妻の影、ブリュージュの影、この世とあの世のあわいに投じられたカトリシスムの影だった。亡き妻の宿命(白)が遺髪(琥珀)を通してジャーヌの罪(黒)と出会い、ふたりはひとりの女になってついにはブリュージュの影(灰色)に同化した。

  「 死んだ……死んでしまった……死の都ブリュージュ」──ユーグは、亡き妻と、ジャーヌと、そしてブリュージュとも死に別れたのだった。ユーグの全ては灰色の影となり、彼自身から消えていった。彼の前には沈鬱な「永遠の半喪期」が広がるばかりだった。

 

  …..

  いまは凄しき樣にて坐し

 寡婦のごとくになれり …..

 

 荒廃したエルサレム を寡婦にたとえて嘆くエレミヤの哀歌が、亡き妻そのものであったブリュージュへの嘆きと重なっていった。そして舞台は、影とともに灰色に沈黙していった……

 

 死都ブリュージュ──寡婦であるブリュージュと寡夫であるユーグ・ヴィアーヌの、半喪への物語。

 幕。

 

 

 

【大いなる夢想の恐れ多い付記】

振付:ローラン・プティ

美術:フェルナン・クノップフ

音楽:フランソワ・クープラン

カウンターテナー:フィリップ・ジャルスキー

ユーグ・ヴィアーヌ:マニュエル・ルグリ

亡き妻/ジャーヌ・スコット:アニエス・ルテステュ

パリ・オペラ座バレエ団 

 

「」内の引用は全て、ローデンバック『死都ブリュージュ』窪田般彌訳(岩波文庫)より

 †守山実花「美術とバレエ」(『バレエ・ガイド』収録・音楽之友社・2003)参照

 

 

 ■ミストレス・ノール Mistress Noohl / プロフィール

追憶とフェティシズムの繊細な世界を題材に、書物周辺のアート活動を行っている。

プライベート・プレス[Club Noohl]、ちひさな文藝キャバレー[霧とリボン]、トリンケット・ショップ[Tea Brooch Club]主宰。

現在ヴァニラ画廊・ショーケースにて、書物を追憶するブローチ・シリーズ《Mourning Casket》及び手製本『リボン・ブック《小譚詩》』、蔵書票を常設展示中。

Club Noohlhttp://clubnoohl.blog66.fc2.com

 

  

笠間しろう展「官能耽美、責め絵秘帖」

726日~87

http://www.vanilla-gallery.com/gallery/kasama/kasama.html

笠間しろう サイト用1.jpg

 

ヴァニラ画廊の夏の展示ラインナップは夏ばてを吹き飛ばす官能の嵐!!

あらゆるエロティック表現の巨匠が続きます。夏休みの予定には是非ヴァニラ画廊来廊を予定下さいませ。(ちなみにR-18展示が続きますので、大人の夏休み…としてですが)

トップバッターは笠間しろう展、濃密で濃厚なエロスの坩堝であります。

 

禁じられた夢の千一夜ワールド、耽美、陰虐、縄熱、昭和の官能絵師。
昭和から平成にわたって、精力的に活躍している官能劇画の巨匠であり、責め絵でも定評のある笠間しろう氏の回顧展の開催です。
今回の展覧会では、氏の代表的な作風の「責め画」を多数展示すると同時に、往年のファンにとっては垂涎の的、『スーパーレディー魔子』の漫画原稿も同時販売いたします。

笠間しろう/プロフィール
昭和12年生まれ、福岡県八幡市出身。デビューは昭和33年「土曜漫画」誌上、その後「漫画天国」「漫画アクション」で活躍し、『スーパーレディー魔子』などのヒロインを数多く生み出す。時あたかも悪書追放運動の吹き荒れるなか、ひたすら成人誌を舞台に発表の場を持ち続け今日に至る。。1970年頃に団鬼六氏の知遇を得て、各SM雑誌にも作品を発表し、『花と蛇』の劇画化をしてファンの評価を不動にした。若い頃には水商売にも手を染め、幅広い人脈を作り上げた。故上村一夫氏らと交友を保ち、無頼の日々をおくった武勇伝には事欠かない。独特の官能美を追求した作風は衰えることを知らず、肉感的な女性のかもし出すエロスの描写には人気がある。近年多くの作品集が復刻されアンソロジーも刊行されている。

 

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私の実家には、幼かった私の描いた絵を一面に貼った部屋があります。
午後にはぬくぬくと陽のあたる、小さな小さな部屋。

そこは私が中学生の頃に亡くなった、私の曾祖母の部屋。

両親共働きだった私を実質育ててくれたのが、彼女でした。


子供の頃の私は、片時も紙とクレヨンを離さない子供でした。
お気に入りは人魚姫とシンデレラ。
リボンを飾り、真珠やダイアモンドで精一杯のおしゃれをしたお姫様達は色あせながらも今も帰るたびに私を迎えてくれるのです。
今になって見れば本当に拙い。
特別に優れた絵では、決してありません。
けれど当時の私は大得意。
次々と書き上げては彼女の元にかけつけました。
日に何度も。それを、毎日。
彼女は、私の最初の理解者でした。
そしてそれは今でも変わりありません。
私を褒め、全てを肯定し、私の幼い絵は彼女の手により、王女様みたく丁寧に扱われ壁に貼付けられました。
わたしはそれを眺めては幸せを感じていました。
だってそれは、私が彼女の宝物という証だったから。


彼女が亡くなった時、私は中学生でした。
世の中を斜めに見る。
(
自分自身にも、自分の絵にも、自信なんか一切なくて)

私は、泣かなかった。
薄情者の人でなしと私は自分を思いました。
家を嫌いになった訳じゃ勿論無い。
でもあれほど暖かく居心地の良い場所は、二度と見つかることはありませんでした。
 
私は世界を斜めに見たまま、世界や他人を疎ましがり、自分を出来損ないと思い、思い続けて何年も生きて。
そしてふと、気付きました。


私を宝物と思っていた彼女はきっと、私のこの様を見たなら悲しむだろうと。


私が、彼女が死んで泣かなかったことも、世界や他人に対して抱き続けた醜い感情も。
思春期に彼女を…少し疎ましく感じたことがあったことも…許すだろうと。

そして私が大好きだった絵を今も続けていると知ったなら、きっと、褒めてくれるだろう。


私はお金がほしい。
私は有名になりたい。
私は多くの人に愛されたい。
私は絵で、そうなりたい。
けれどそんなのは、結局後からついてきた理由でしかなく。
最初はただ、認めてほしかった。それだけでした。
大切な人に。
執着した人に。
 

思えば彼女が亡くなってから描いた私の絵は、
無くしたものを再構築しようと、じたばた足掻いた証でした。

 

私の名前は、大事な大事な、この彼女の名前です。
私は彼女を近くに感じます。守られているのだと。

そして。
 

彼女のあの、「甘い小部屋」。
 

それは他でもない。


幸せの象徴。そして私の原点。
 

私を全て肯定する、彼女の部屋なのです。

 

 

 

中村キク

 

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中村キク展 nakamura02.jpg
「仲のいい姉妹」
http://
www.vanilla-gallery.com/gallery/nakamura/nakamura.html

■7
19()724()
入場無料


中村キク/プロフィール

1979
年生まれ
2003
年 大阪芸術大学芸術学部美術学科卒業(銅版画専攻)
一般企業就職後一時絵から離れるものの、2008年より活動を再開。

活動履歴
2002
年 第二回高知国際版画トリエンナーレ展(入選)
2008
12月 クリエイターズマーケット(名古屋)
2009
5月 デザインフェスタ(ビッグサイト)
2010
3月 個展「甘い小部屋」(大阪 ART HOUSE)

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銅版画や鉛筆の作る濃淡の世界。
繊細で壊れてしまいそうな世界を紡ぎだす、中村キクの作品を是非ご高覧下さい。

皆様のお越しをお待ちしております。

 

 

 

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カレン・サイア写真集「Rubber Duck

ほっと一息つく所、それは人それぞれ違うだろう。だが、そう問われたならば回答とし多くの人が「風呂場」と答えるのは想像するにかたくない。

 

カレン・サイアの初の写真集はそのバスルームの鏡に映る人間(そして人間とはいえない何か)を写し取った意欲作である。

一日の疲れを癒し、また明日に備えるために一人で入るバスタブ。湯は私たちの表面上の汚れを拭い去ってくれるが、けして内面の淀みまで落としてくれるわけではない。外面の姿を消し去り赤裸々に本質を浮かび上がらせる場所として、浴室はもっとも適している場所かもしれない。一人になるそこで、無意識に私たちは人に見せないもう一つの姿をさらけ出す。浴室の鏡に映るそれは、生気の無い病人の姿であり、クリーチャーであり、痛々しく傷口をさらし血を流した姿であり、多数のフックに突き刺されがんじがらめになった姿であったり、眼鏡をとった淫らな姿であり、豚であり、そして死を濃く背負った姿でもある。

 

そのような姿は誰も見たくないもの、そして見せたくないものかもしれない。しかしカレンはそんな姿をバスタブの縁にちょこんと座っているラバーダックを暗喩的に使用し、寓話的なモチーフ・抜群のセンスで実に美しく内包しながらも、外面を洗い流した人間の本質を問う作品集に仕立てたのである。

 

今日浴室の鏡にはどんな姿が映るのだろう。カレンの素晴らしい手腕を通していない姿を鏡の前に晒すのを少し躊躇う。(スタッフ・田口)

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カレン・サイア プロフィール

アメリカ・ロサンゼルス生まれ。
パサデナのArt Center college of Designsを卒業後、フォトグラファーとなる。
カリフォルニア在住。フェティッシュ/呪術的ともいえる素材を用いた写真にアンティークな要素を吹き込んだ作風が持ち味の現代写真アーティスト。

Louis Fleischauerの作品とのコラボレーション写真作品"Bloodletting""Invocation of Desires"シリーズがある。

 

ヴァニラ画廊の展覧会ではカレンの初写真集2010年「Rubber Duck」のスペシャルボックス及び通常版をどこよりも早く限定販売します。(通常版も著者のサインカード入りです。)美しく装丁された写真集を是非ご高覧下さい

※スペシャルボックス版に関しては79日からの発売となりますので、ご了承下さい。