2010年6月アーカイブ

 

 

美濃村晃(喜多玲子)生誕90周年記念展示 「昭和異端風俗絵模様」
http://www.vanilla-gallery.com/

 

 

 

 

美濃村 サイト用2.jpg会期: 621()73()

 

                                           ----- ----- ----- -----                                                                                                                                     美濃村晃(喜多玲子)/プロフィール

 本名、須磨利之。1920年(大正92月)京都市生まれ。 画家としての筆名は「喜多玲子」であるが、縄師「美濃村晃」の名前も多く使用した。小説家としての筆名は「円城寺達」をはじめ無数にある。幼少のころに見た金森観陽の挿絵(子母沢寛『天狗の女』に掲載された、女が蔵の中で全裸に後手で縛られている折檻シーン)に衝撃を受けアブノーマルに目覚めたとされる。

 太平洋戦争後、大阪の新聞社に就職するも、『奇譚クラブ』の編集に関わり、日本初のSM専門誌にと成長させていく。喜多玲子の名前で「責め絵」を描き、その質の高い構成力と無駄のない筆致で、淫靡な情念を見事に描きあげ多くの愛好家の共感を獲得する。他にもさまざまなジャンルの同誌の読物にイラストを、それぞれ別の筆名で巧妙に描き分けた。その頃に大阪府警主催の「防犯博覧会」を訪れた伊藤晴雨と、飛田の遊郭で偶然に出会い、後に外弟子となる。

 やがて東京に移り1953年『風俗草紙』に作品を発表、56年には自ら編集人として『裏窓』を創刊する。のちに東京三世社系の『SMセレクト』をメインとする各誌、サン出版系の『SMコレクター』『アブハンター』『SM奇譚』などに挿画家として活躍し、さらに多くのペンネームを使い、作家としても小説、読物を書いた。

 50代に脳溢血で倒れてからは一線からは退き、1992年(平成4年)、72歳の天寿を全うする。徹底したサービス精神と、寝食を忘れても好きなことに没頭する職人肌。偉大なる先駆者として、まさに八面六臂の活躍をした。日本のSM誌の歴史はこの人が作り上げたと言っても過言ではない。今年2010年は氏の生誕90周年にあたる。

 

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※※特別トークイベントレビュー※※
 626 16:0018:00
 入場料/¥1,500
 
 出演:早乙女宏美・鏡堂みやび・伊藤文學

過日、早乙女宏美さんと鏡堂みやび氏による特別トークイベントが開催されました。残念ながら、伊藤文學氏は欠席となりましたが、美濃村氏出演の貴重な映像上映から始まり、「奇譚倶楽部」発行当時の編集スタイルから美濃村氏の名言、そして美濃村氏の好んだ縛り方まで話題は多岐にわたり、とても有意義なイベントとなりました。

実際に美濃村氏と生前に関わりのあったお二人の思いは並々ならぬもので、編集者としても関わりあった鏡堂氏、そしてインタビュアーとして関わりあった早乙女さん、両氏の語る美濃村氏の姿は様々な顔を持ち、サービス精神が旺盛な人物だったことを彷彿とさせました。今となっては、美濃村氏が語る話はどこまでが本当でどこまでが嘘だったなのか。本当に人を喜ばせることが旺盛な人だったから、もしかしたら皆の夢を壊さない為に、美濃村晃・喜多玲子・その他多くのペンネームを操る魔術師だったのではとも語られました。SMをファンタジーとして紡ぎ続けてくれた偉大なる先人だったと。

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美濃村晃名義の作品が、これほど一同に展示されたことはないので、今回展示の作品を実際にご覧になって、率直な揺ぎ無いSMへの愛情、そして女性への愛情を目の当たりに感じると仰られる方も多く、SMという概念を文化として定着させた功労者として、その業績はこれからも末永く評価されるべきと感じ入りました。

鏡堂氏が編集者として関わっていた「SMクラブ」(日本出版社)では、喜多玲子賞を主催し投稿作品を募り、一緒に選考した思い出や、実際に緊縛していた縄を頂戴した話、マニアからの注文で絹本に責め絵を描いていた時代の話、飛田の遊郭で責められ女郎をモデルにショーを開催していた頃の話、伊藤晴雨との親交など様々なエピソードが語られました。
喜多玲子を女性だとばかり思い込み、美濃村晃を決して同一人物だとは信じなかった、晴雨翁の無邪気な人柄なども偲ばれ、この時代のマニアのおおらかな交流を窺い知ることもでき、興味の尽きないうちにお開きとなりました。

美濃村晃氏の名言、「縄師とは女を綺麗に縛るのが仕事ではなく、縛って女を綺麗にするのが仕事だ。」

彼の揺ぎなく愛した性の世界観、昭和のSM誌を作り上げた巨匠「美濃村晃」そして「喜多玲子」の世界を、是非この機会にご高覧頂けたら幸いです。
そして晩年の美濃村氏に薫陶を受けた、鏡堂みやび氏の回顧展も8月末にヴァニラ画廊で開催されますので、どうぞお楽しみに。

 フランツ・フォン・バイロス(1866-1924)の手掛けた『神曲』の挿絵の一葉、「ヴェディゲン」をみて驚いた。真黒い波間から白い腕と剣がにょっきりと空に向かって伸びている構図、これはまるで小村雪岱(1887-1940)の描いた「お傳地獄」(邦枝完二/1933)の一場面にそっくりではないか!

 
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左・バイロス『神曲』(1921)の挿絵 / 右・小村雪岱「お傳地獄」(1933)挿絵(1)

 

 谷崎潤一郎の「人魚の嘆き」(1917)などで有名な水島爾保布をはじめ、大正から昭和初期の挿絵画家が、広くバイロスと同じ世紀末芸術の代表格であるビアズリー(1872-1898)を享受していたのは有名な話だ(爾保布自体は否定しているが、どう見たって似ている)。少し遡って、明治期に発行されていた雑誌『明星』上の一連の挿絵が、アルフォンス・ミュシャ(1860-1939)の影響を多大に受けたものであることは、そのイメージを見れば一目瞭然だろう。逆に、ビアズリー自身も日本の浮世絵と併せて論じられることは少なくないし、もちろんバイロスの挿絵にだって、ジャポニスムの影響を受けた作品は多数散見する。

 このような東西の挿絵の交流、特に日本の挿絵画家による世紀末を中心とする西洋挿絵の、享受が、橋口五葉から初期の岩田専太郎(つまり明治末期から昭和戦前頃)におよぶまで広く行なわれているという事実はこれまでもしばしば指摘されてきているとおりで、いまさら例を挙げるまでもなかろう。とはいえ、あの「昭和の春信」と称される雪岱とバイロスに接点がある、というのはこれまでもあまり聞いたことがない、というよりも考えてみなかった。描写方法の影響はもちろん、構図の踏襲などは絵描きの間では何も珍しいことではないので、そう騒ぐこともなかろうが、しかしやはりそこはバイロスと雪岱、この妙な組み合わせに驚かないというほうがおかしい。それも「お傳地獄」という、比較的有名な作品で出てこようとは……

 

 さて、前置きが長くなったがバイロスの話である。

 昨今、世紀末芸術の人気は衰えを知らない。中でもビアズリーやモローといった、いかにも耽美で退廃的な傾向を持つ作家はその認知度の高さに驚かされるくらいで、展覧会を始め雑誌にもしばしば登場していたりするのだが、その一方、こういった世紀末芸術愛好家内においてバイロスの知名度はいかほどのものなのだろうか。

  そもそも、この日本にバイロスが紹介されたのは、いまから80年ほど前の大正末期から昭和初期にかけてのことであるらしい(2)。彼の作品はこの輸入当初からもっぱら好色物ばかりが扱われていたようで、その紹介者に梅原北明や斉藤昌三という名前が挙げられていることからもその異端ぶりがうかがえる。もともとバイロスは、ヨーロッパにおいてはエロスの画家として名を馳せており、その作品は主に好事家の間でこっそり楽しまれることが多かった。それは現在残っているバイロスの作品の半分以上が蔵書票をはじめとする個人的依頼で製作されるもので占められていることからも明らかなのだが、この実像はどうやら日本へ入ってきてからも長い間かわらなかったらしく、昭和初期には「淫画集」などという題名で、好事家の間でこっそり頒布されていたという記録もあるそうだ(3)。その好色画家バイロスの名が一般に広く知れるようになるのは戦後、ようやく日本でも画集が発売さることになってから……といいたいのだが、なんとその画集も猥褻ということで摘発を受けてしまうのである(1979)。いわゆる「猥褻か芸術か」というお決まりのパターンで、もちろんこれをきっかけにバイロスの名前はたしかに衆目の知れるところとはなった。なったけれども、それはあくまで一時のワイドショー的興味でしかなく、結局はいつのまにか忘れ去られてしまう。これまで幾度となく表舞台で語られてきたビアズリーをはじめとする世紀末芸術に対しバイロスがずっと水面下で好まれてきたのは、どうしても好色物というイメージが先行するがゆえに、芸術性を論じるところまでたどりつかなかったからということもあるのだろう。

 

「デッサン力や構想力においてはるかに勝りながら、あのビアズレーの単純な白黒の線描に、その芸術的品格の高さにおいて、はるかに及ばないのがバイロスという芸術家の宿命であった。」(『芸術新潮』1979.6

 

 と述べたのは澁澤龍彦だが、ここで彼が「芸術的品格の高さ」を指摘はとても興味深い。バイロスは同時期のビアズレーやロップスにくらべられることが多いが、得てしてその両人よりも評価が低いのは、バイロスが「才能を営利化」するあまり「しばしば注文に合わせて、<手法>よりも<内容>に重点を置いた」点に拠るところが大きいといわれている(4)。要するにバイロスはけっこうな商売人であったということだ。それは今回、ヴァニラ画廊に展示されているバイロス直筆の手紙からも、なんとなく伝わってくる。その思想が良いか悪いかは別として、商売人・バイロスが独りよがりの品格よりも、鑑賞者により近い立場で描くことを求めていたという点については評価すべきであろう。もちろんこういった蔵書票周辺の個人的作品と文学作品へのオマージュとして製作された挿絵とを混同して評価することは非常に危険なことではあるが。

 今回展示されているバイロスの作品を見ていて気づくのは、彼の作品が場面としては死の香を濃厚に漂わせながら、実際にはその対立項としての生命をひときわ目立たせているということである。中でも『サロメ』の挿絵は秀逸で、ビアズリーやモローによって幾度となく描かれてきたサロメ像と、そのお約束ともいえる構図を、バイロスはいともたやすく破っているのがおもしろいではないか。「成就」という作品で自ら所望したはずのヨカナーンの首には見向きもせず、サロメはその肉体=胴体を慈しんでいるし(思えば彼の首を描いた絵は多数あれど、肉体への執着を示す作品はあまり類を見ない)、それに続く「天水槽」「サロメ達の姉妹」でも、その首はの象徴でもある生花で彩られ、生者によって讃えられている。そこには一切の禍々しさも暗さもなく、ある意味あっけらかんとした生きるものの享楽があるだけである。

 思うにバイロス作品の優れた点は、この暗さを感じさせない描写なのではないだろうか。好事家に気に入られ、多くの作品を描いてきた彼が獲得したのは、享楽を共有ということにほかならないような気がするのである。明るくて前向きな快楽、それはきわめて鑑賞者の目線に近いところから描かれた理想郷であったのではないだろうか。

 

1 埼玉近代美術館「雪岱とその時代展」図録(2009)より引用

2 山本芳樹『バイロス公爵画集 世紀末の甘美な夢』(京都書院1998

3 2同書

4 ウィルヘルム・M・ブッシュ「バイロスの世界」(生田耕作訳/『バイロス画集』奢都館1992所収)

 

(スタッフ・つかだ)

 

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●家人や使用人が寝静まった2時半過ぎ、目を開けてまずは周りを伺います。何も音がしないようでしたら慎重にベッドを抜け出してください。使用人は少しの足音でも目覚めるので要注意です。今の時期、夜は思わぬ冷え方をするので、ガウンをお忘れなく。

●小さいランプ・もしくは蝋燭の薄明かりを頼りに、書庫内の秘密の書棚に隠しておいたバイロスの作品集を抜き出しましょう。

●ランプを消し、窓際まで移動したら月明かりの下でその作品を鑑賞して下さい。この時ばかりは独りで鑑賞する秘密の歓びにどっぷりと浸りましょう。

●月明かりが薄くなりましたら時間です。余韻を味わいつつ、書棚に画集を戻し、寝床に戻りましょう。この時に浮かれて音を立てないように注意しましょう。

●夢の中でバイロスのエロティックなユートピアを反芻し楽しみましょう。

●何事もなかったかのように、朝はしゃっきり起きましょう。

「あなた、目の下に隈が…」と指摘されましたら、「考え事であまりよく寝付けなかった?何ちゃら…」とごまかしましょう。決して言い澱んだりしてはいけません。「秘密」はこの鑑賞方法を盛り上げる最上のスパイスです。

 

 

如何でしょうか。是非お試しください。

 

また、只今ヴァニラ画廊ではちょうど良いタイミングでバイロスの挿絵展を開催しております。夜中の鑑賞とはまた一味違うバイロスの世界を是非お楽しみ下さい。

 

(スタッフ・田口)

 

■バイロス挿絵展

「背徳のシンフォニア」

67()→619()※日曜も営業致します。

入場料500

只今ヴァニラ画廊ではバイロスの挿絵展を開催中です。会場には挿絵の数々と供に、氏の水彩画・直筆の手紙など、バイロスの息遣いが感じられるような貴重な品々も展示しております。

この機会を見逃し無く。

バイロス 挿絵展.jpg

■バイロス挿絵展

「背徳のシンフォニア」

67()?619()※日曜も営業致します。

入場料500

 

世紀末芸術を象徴する画家、フランツ・フォン・バイロス(1866-1924)。彼はダンテ『神曲』の挿絵を描いたことでも有名であるとともに、エロティックで背徳的な禁書にも数多くの作品を残してきました。彼の描く独特な官能美は、文学と結びつくことで神聖な幻想へと昇華するだけでなく、よりダークに、またより淫靡なムードで我々を画面へと誘い込みます。それはある種の残酷性を増幅し、我々のタナトス《死》への指向を揺さぶる一方で、秘密裏に淫靡な遊びを繰り広げ享楽的世界、エロス《生》への欲望を喚起させるものではないでしょうか。
 本年2月に行ない好評を博したバイロス蔵書票展に続く第二弾の今回は、主に彼の挿絵を取り上げ展示・販売いたします。バイロスが描きだす背徳的文学世界、そのエロスとタナトスの大きな渦に貴方もきっとのみ込まれてしまうはず。知的で洗練された作品の数々を、是非ご高覧下さい。