2010年5月アーカイブ

 

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怪物と闘う者は、その過程で自分自身も怪物になることがないよう、気をつけねばならない。深淵をのぞきこむとき、その深淵もこちらを見つめているのだ。」(フリードリヒ=ニーチェ)―水元氏は今回の個展のタイトルの後にこの言葉を引用している。私は大学でニーチェ思想の研究をしているのだが、浅学ながら、この言葉は水元氏の作品に実に似合っていると感じた。ただし、インタビューからも分かるように水元氏はその言葉を作品制作において自分自身に課したものとしているが、私は寧ろ、その水元氏の作品を覗きこむ我々に向けられた言葉であると捉えている。

水元氏の作品には、鮮烈なインパクトではないが何とも言えない違和感がある。指によって拡げられた鼻の穴、引っ張られる口、少し行き過ぎた「変顔」とでも言えば良いのか、つまり描き出された彼女らの顔は、まあ真似をしよ うとすれば、私達にもどうにか可能な程度の変形をしている。そこに鋭く切り裂かれた傷口や派手な身体の改造はない。しかしだからこそ、水元氏の絵は見る者達の心に一点の染みを落とす。作品を前にして、私達は何でもないふりをして毎日を過ごしている、その足元を掬われたような、胸がざわつく感覚を覚える。日常からの小さな逸脱。それは私達の心を静かに、しかし深く侵す、仄暗い後ろめたさへの快感である。

また、水元氏の作品のもうひとつの魅力は、水元氏が彼女達の姿を 「美しい」「愛おしい」と思って描いているところだろう。丁寧に描写されたその姿には過剰なエキセントリックさやグロテスクさは無く、静謐な空気の内に彼女達はひっそりと佇んでいる。その前に立った貴方は何を見るのか。或いは、己の内の何かが瓦解してゆくのを感じるのか―いずれにしろ、その「深淵」は貴方を、じっと覗きかえすだろう。

 

(スタッフ・伊藤)

   ■ 水元正也展「王子様の口づけは、まだかしら」

■5月31日(月)
~6月5日(土)


 「怪物と闘う者は、その過程で自分自身も怪 物になることがないよう、気をつけねばならない。深淵をのぞきこむとき、その深淵もこちらを見つめているのだ。」
―― フリードリヒ・ニーチェ
『ツァラツゥストラハはかく語りき』


 なぜ正義は勝つのか。あるいは勝たなけれ ばならないのか。なぜ悪は滅びるのか。あるいは滅びたものが悪だったのか。正義は誰の味方か。悪は誰のために退治されるのか
 闇は闇からしか見えない。そこに光を当て 照らすのではなく、その中に潜り込み、目が慣れてくるのを息を殺してじっと待つしかない。
 違和感。私は自分の作品が靴の中の小石に なればいいと願っている。明快な答えを出すことには興味がない。簡単に言葉にはできないこと、不可解でグレーなものを表現し、探っていきたい。


昨年大きな話題を呼んだ水元正也の展覧会を 今年も開催致します。
その奇異なモチーフ選びや、制作について画 廊オーナーによるインタビューをお届けいたします。





20100524_949233.jpg巽オーナー(以下巽) 水元さんの展覧会のタイトルはいつもすごく面白いのですが、今回は逆説的に皮肉をこめてつけたんですか?


水元(以下水元) たまたま家に白 雪姫の古い本があって読み返してみたのです。
もし王子様が来なかったら…という意味よりも音の響きでつけました。


巽 ここに描かれている女 性たちはとても王子様の口づけを待っている雰囲気じゃないのですが、タイトルとモチーフのギャップがとても面白いですね。
「怪物と闘うものはその過程で自分自身が怪 物となることがないよう気をつけなければならない」とニーチェの言葉を引用されていますね。


水元 そうですね。ときど きニーチェを読んだりしていますが、もともとこの言葉は猟奇殺人の取材本の巻頭にも引用されていたものです。


巽 猟奇事件の犯人に取材 する立場の人が、この文章を引用しているとことですね。つまり相手の強烈なパワーに引っ張られないように自分自身を保ってないといけないという。水元さん の心の中にも、こういう絵のモチーフに強く惹きつけられる部分が内在していながら、それと自分自身が同一にならないようにという自制の意味を込めていると いうことでしょうか。


水元 自分がこういうもの が見たいということでモチーフを選んでいるのですが、自分の欲求が深すぎると作品を人が見るときに入りづらくなる。自分の欲求を追求するのとさらに別の視 点から見て、冷静な視点を持つように心がけています。


巽 なるほど。自分の作品を客観的に見る視 点を持ちながら表現しているということですね。女性の顔を変形してみたい欲求や、その苦悶の表情に強い官能性を認めていらっしゃると思いますが、これはま だまだ水元さんのすべてではないということでしょうか?


水元 そうですね。まだ出 し切ってはいないと思います。


巽 もっと先に水元さんの まだ暴かれていないものがもっとあるってことですよね。ひょっとしたらまだまだ入口にすぎないかもしれない。もっと心の奥に、描けば描くほどに新しいモ チーフやテーマが表層に現れてくるかもしれないということですね。


水元 そうだと思います。


巽 ところでいま、水元さ んはおいくつでしたでしょうか?


水元 いま26歳です。


巽 それではもっとこれか ら期待できる(笑)。まだまだ自分の中でも未知なものが出てくる可能性はありますよね。


水元 そうですね。


巽 それは描いていて実感 できますか?


水元 やっぱり描いてい て、まだなにかもっと別な捉え方もできると自分の中で問答しています。どういったものが描きたいっていうのはもうずっとあるので、その中で今一番やりたい ことだったり、今できそうなことを厳選して描いています。


巽 作品の中の女性の顔が歪まされているの は水元さん自身の手によるものなのか、それとも他人の手によってやられているのかがとても気になります。自分自身がやっているという意識なのか、それとも ただ単に女性に変な顔をさせる手段として登場した手なのでしょうか。


水元 あまりサディス ティックな意味合いではないです。その変形した顔自体が好きなのです。それを美しいとか愛おしいとかエロティックに感じてしまうのです。


巽 そうすると、ここに描 かれている指は女性自身のものでもあるわけですね。作品によっては女性自らが変な顔を作っている。しかしこちらの作品は明らかに男の指ですよね?


水元 これは男性の指です ね。


巽 要するに、女性の顔を 変形させる手段としてあるわけで、指自体は男性のものでも女性のものでも水元さん的にはあまり意味がないということですか?


水元 そうですね。ただ鼻 フックとか器具を使うよりも指のほうがいいです。


田口 鼻に指を入れたりす るのとかって、女性のモデルさんは嫌がったりしませんか?


水元 そうですね。絵を描 くよりもモデルさんを探す方が難しいです(笑)。


巽 例えばこの洗濯バサミ で口を開いている作品は実際に写真を撮ったんですか?


水元 これは頼んでも誰も やってくれなかったので、他の写真を見て想像で描きました。ただこれの場合は顔よりも歯並びを描きたかった。


巽 歯並び!


水元 そうです。


巽 確かにこのモチーフの 歯並びはとても綺麗ですね。この変形された唇の中から覗く綺麗な歯並び。それが描きたかったのですか。


水元 そうですね。


巽 こういった所に美を見 出すという、水元さんならではの特別な美意識が作品のそこかしこに出ていますよね。しかし女性の協力や理解を得るのは大変そうですね。どうやってモデルを 頼むのですか。彼女たちはどんな反応をしますか?


水元 たいていの人は嫌が るのですが、一方で僕の作品を見てこういう風に描かれるのならやってもいいという人もいます。


巽 そういう奇特な方もい らっしゃるのですね(笑)。例えばこちらの作品は、自分で指を口に突っ込んで嘔吐している絵なのですが、実際にやってもらったのですか?


水元 これは、吐くまでは やってもらえなかったですが、近いところまではやって頂きました。

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巽 実際にモデルを頼んで写真を撮るという行為も、作品としてひとつ のなかに含まれているのですね。撮影して いる時も楽しまれている。


水元 そうですね(笑)。

巽 いつも女性の顔を変形させたらどうなる のかっていう眼差しで見ていのですね。


水元 そうですね。僕の場 合は女性の胸とかヌードにあまり興味がなくて、全くないわけではないのですけれども、恐らく他の一般男性にくらべると興味が薄いと思います。そのかわり顔 を歪めたり、嘔吐している姿を見たい。


巽 その願望は子供の頃からでしょうか?


水元 その頃はまだ余り深 く考えてはいなかったのですが、ただやっぱりまわりと自分はちょっと違うなっていうのはあって、それを隠して普通のふりをしていましたね。でも成長するに したがって無理がでてきまして、やっぱりなんか違うなって言うのは常に思っていました。


巽 大体いくつくらいから 自覚していたのでしょうか?


水元 そうですね。もう小学生くらいですね。


巽 ずいぶん早い自覚ですね!


水元 たとえばこの作品などの斜視の女の子などのちょっとした違和感が好きなのです。完全に白目を剥いちゃうとかではなく、ちょっと左右別の方を向いていて、なんとな く変な感じが するのが好ましい。顔を歪めたさせたりするのは好きですが、ナイフで傷つけたりといったことは絶対にしたくない。変形した皮膚の質感とかが好きです。


巽 女性の変形した皮膚や 皺といった、唾液や粘液も含めて質感がよく表現されていますね。涙もお好きですか?


水元 そうですね。涙が流れた後の、化粧が少し剥がれて筋ができたあたりとかが好きです(笑)。


巽 学生の頃の習作の、一 見普通に見える肖像画にもその辺りのこだわりが出ていますよね。この頃(2006) にはもう意図的 にそうやって描いていますか?


水元 そうですね。自分で は結構抑えているつもりでも、結局どこかで滲み出てしまっているのでしょうね。モデルになった方たちもそういう風に言います。やっぱり普通の肖像画と違うと。


巽 常に下から斜め上を見 上げたアングルで描かれていますよね。これは普段の女性と対面している時はこういった表情って見えない、意図的にポーズなどをとらせないと見られないもの で、特殊な違和感のアングルですよね。このとき、下から見上げている時に水元さんはどういったところを見て、どこを一番表現したいと思っているのですか?


水元 鼻と鼻の穴ですね。


巽 下から見上げることに よって、普段隠している鼻の穴を完全に覗けるという(笑)。ちなみに女性の顔のパーツでどこが一番恥ずかしいところだと思いますか?


水元 そうですね…口でしょうか。


巽 口とか見ていると水元さんは飽きなそうですね。


水元 あと、逆に口が隠れているのも好きなので、マスクしている女性が好きです。この季節になるとうれしくて(笑)。


田口 花粉症の季節は良い季節ですね(笑)。


水元 僕自身も花粉症なんで、自分も大変なんですけれど(笑)。マスクをしている女性の作品をいま描いていているので、この個展に出す予定です。


巽 わざと鼻から口を隠す ことによって、その存在感を逆に浮き立たせるみたいなことですよね。水元さんの意図することがわかってきました。女性が変な顔をする事によって生じる違和 感とか、独特な表情の質感とかに惹かれるっていうのは、水元さん自身の幼児体験で特に思い当たることはありますか?


水元 それはよく聞かれるのですけれど、特に何も無くて…気が付いたらそうなっていました。

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巽 たとえば水元さんはサディスティックな表情――たとえば叩い て驚くとか、恐怖に歪むとか、そういうのはあまり好きではないのでしょうか?


水元 そうですね。他の人 がやっているのを見る分には興味がありますけれど、自分ではやりたくはないですね。


巽 ということは、こういう絵を描かれているけれどもサディストというわけではない?


水元 それもよく言われるのですが、サディストではなく、おそらくマゾですね。ローアングルが多いのもそれが根本にあると思います。


巽 サディスティックな感性からすると、こういう顔をさせて被虐的な気分を味あわせて楽しむという王道があるのかもしれませんが、水元さんの場合は間逆なのですね。どちらかというと畏敬の念というか……


水元 そうですね。そうすることによって女性がより魅力的になります。変な顔をやめて普通に戻った状態も、より一層綺麗に見えますしね。


巽 よくわかりました。それが水元さんなりのとても正しい女性の顔の鑑賞の仕方なのだなと思いますね。すごく興味深いところです。前回の個展の際の文章に書いてありました が、「予定調和的に感動を強いるとか、そういったのが嫌いだ」と。ですから今回の展示もニュートラルな何もない気持ちでこういった作品を見た時の反応を問 いたいということで良いでしょうか。


水元 そうですね。嫌いとか見たくないという人はそういう反応でいいと思いますし。


巽 ただそれよりももっと深いところで、その人のどこかに引っかかってくる部分があるかというのが、やっぱり品と鑑賞者とが出会う楽しみですよね。水元さんにお話を聞いて、色々と非常に興味深かったです。展覧会を楽しみにしております。

5月17日(月)から吉田憲司の展覧会「CHI」を開催いたします。

個展開催にあたってアーティスト吉田憲司の創作についてお聞きしました。



5月17日(月)
~5月29日(土)

吉田憲司展「CHI」

ずっと以前から一貫してあるテーマ「生」と「死」、「暴力」と「平和」を根本にそこから生まれるさまざまな感情と、生活の中で見えたり発見したりする風景や色を空想と現実の狭間で表現しています。今回の個展では、都市で生活している私が毎日渦巻く暴力や虚無的な日常の中で感じ見た、新たな誕生の喜びや、明日への希望を作品に表現しました。


http://www.vanilla-gallery.com/gallery/yoshidak/yoshidak.html



20100503_891618.jpg―生まれてから5歳くらいまでタイで暮らしていたとの事ですが、その頃の記憶はありますか。


吉田(以下、吉) 断片的にですけど、不思議と、ちょうど30を越えたぐらいにオーストラリアに行った時に、断片的に色々な風景を思い出してきて、それを後で親とかに確認を取るとそのまんまだったていう、年取ると思いだすのかなって、最近ちょっと思ってますね。


―子供の頃からよく絵を描かれていたのですか?


吉 そうですね、まあ本当に子供の落書き程度だったんですけど。独りでいるのが好きだったみたいで、いつも色を塗ったり落書きをしていたみたいです。その頃ちょうど漫画をいつも描いていて、それで美術の先生に「何か描いてみろ」って言われて美術の時間に描いたのがそのまま入賞したみたいで。あまりその、意識してやっていたわけではないです。


―美術クラスのある高校に進学なされていますね。


吉 そうですね、唯一褒められていたのが絵だけだったので、絵が得意かも、って勝手に思って(笑)今でもあるのですけれど、取手松陽高校という学校で、今は芸術科のある珍しい県立高校なんですけど、まだ高校ができてすぐの時に、音楽クラスと美術クラスが分かれているだけの時に三期生として入ったので今ほどちゃんとしたシステムではなかったんですけど、それでもやっぱり普通の高校よりははるかに美術の授業に時間を割いています。


子供の頃から、親いわく変わった子だったらしくて、あまり自分では意識していなかったんですけど、結構変な夢ばっかり見ていてそれをいつも子供ながらに描いたりしていて。ちょうど中学、高校ぐらいの時、親父が買ってきた写真集を色々と見せてくれて、最初は武器系の方に興味があったのですが、ベトナム戦争の写真とかも載ってまして、そっちの方に衝撃を受けて、生と死っていうのは何なんだろう、みたいな、本当に漠然とですけど考え始めたのもちょうどその写真集を見たころからですね。


―その写真集の中で一番衝撃を受けたものってありますか?


吉 一番有名な、将校にベトコンの捕虜が路上で撃たれるやつですね。あれも載っていて、目にした瞬間、漠然と考えたのが「撃たれた後、どこに行くんだろう」ってことでした。あと死体のどぎついやつとかのがあって、それは見たくないけど必ず見てしまう、どこかで見なくてはいけないという感じでずっと見てた記憶はありますね。


―ちなみにその写真集は誰の写真集か覚えておりますか?


吉 それがわからないのです。もうボロボロになっちゃって、たぶん実家にあると思うんですけど。東京に出るまでは持っていってたんですけどね。


―作品へは影響を与えましたか?


吉 それを見たのがまだ10代のころだったので、それからは普通の高校生活を送りました。

美術クラスにはいたんですけれど志があるとかそういうのではなく、好きだからっていう感じで描いてた部分があるので、普通に大学行こうと思っていたのですが、途中で突然、普通の大学行ってどうするんだろう?何になるんだろう?って考え始めて、スポーツもやっていてそっちの方で結構いい感じのところまで行っていて、「体育大学に行け」と先生に言われていて。

その頃からですかね、「何で勝手に決められちゃうんだろう」という感じで反抗し始めて、結局それも全部蹴って、そのまま一浪して美術やってみたい、入ってみよう、っていうので途中から予備校に行き始めて、まあ結局全部落ちたんですけど。

武蔵野美術学園に入って、本格的に始めたのはそれからですね。その前にも油絵とかは高校でもやってましたけど、テーマとか与えられて描くっていうのは、予備校に入ってからですね。その頃からもうずっと、写真集を見た時の感覚を絵に描きたいなっていうのはいつも意識していました。


―大学に入ってすぐに一人旅に出てしまうのですね。「深夜特急」とか読まれていたのですか?


吉 正直行き始めた時は俺、「深夜特急」も知らなかったんですよ。で、たまたま親父の出張についていって中国行ったときにたまたま泊まったホテルの横が安宿街みたいので要はいろんな国の人が一人で歩いてるのを見て、ちょっとこういうの格好いいなあと思って自分もしてみたいって思ったのが始まりです。

そのすぐ後行き始めて、アジアを回ったというのは安いからっていうのが前提で、あとはやっぱり色々なものを見てみたいっていうのがありました。その時は意識と言うか、見てみたいという好奇心、あとはいろんなことを知りたい勢いだけで動いていたのですけど、時々最近思い出すと、必然だったのかな、行くべくして行ったのかな、という感じです。とにかく楽しかったですね。


―その時も絵は描かれていたのですか?


吉 結構描いてましたね。小さいスケッチブックみたいの持っていって、普段あまりスケッチとかはしないんですけれども、時間がある時、移動の時とか、落書きみたいに描いてました。


―今でもお手元に?


吉 ありますね、今でも時々スケッチブックを取り出してみて、おお、って思ったものはそれを参考にまた絵を描いたりしています。


20100503_891619.jpg―帰国してからはバンド活動をなさっていたと。


吉 バンドではサックスとトロンボーンをやっていました。最初はジャズやりたいっていって集まったんですけど、だんだんノイズの方向になっていって。3、4年やっていて。ハードコアプログレッシブジャズって名づけました。それでも27歳くらいのときに、楽器の才能はないと見極めて絵の方だけに専念しました。だけど今でもたまに機会あればみんなで集まってセッションしたりします。


―その後ヨーロッパ移住を目的にして、また旅に繰り出したとの事ですが。


吉 絵をやる上で一番行きたかったのはスペインだったんですけど、働きながら、自分で勉強して絵を描きたいてやっていけたらいいな、って漠然と思っていたんです。

その前にちょっとタイとかアジアとか回って遊んでから行こうと思って行ったんですけど、スペイン行く前に全部金使ってしまいまして、帰るに帰れなくてその場所で働いていつかヨーロッパ行こうって思っていたんですけど、なかなかお金も貯まらなくて。またタイに戻って働いてるときにオーストラリアの友人からオーストラリアに行けばビザなしで結構稼げるって言われたので、じゃあだったらそこ行って一気に稼いでからヨーロッパ行こう、と思っていたのですが、気付いたらオーストラリアを気に入っていて住み着いたって感じですね。


最初は想像を絶する自然とか、ずっと農場で働いていたので生活自体もワイルドな生活をしていたので、これは意外と面白いなって言うのと、そのオーストラリアっていうのも、アジアを回っていた時に漠然と英語圏への憧れがあって、一回フィリピンに行った時に周りの音楽とかが全部英語で、それが居心地良くて悪くないかもな、って漠然と思いました。その後はオーストラリアで毎日トラックを運転してたんですけど、海を見ると、ほんとに毎日「綺麗だなー」って思えて、それは今思い返しても、すごいですね。本当にオーストラリアでのトータル7年間、毎日それだけは変わらず感動してました。

1998年にビザがなかなかとれなかったので、一回日本に帰ってきたんですけど。


―その頃も絵は描かれていたのですか?


吉 そうですね、ちょうど27,8歳のころだったと思うんですけど、その頃に絵で何とかしていきたいって思い始めて、ちょうどそのビザがとれるまでの2年間、ずっと実家にいたんですけど、自分の形を見つけなきゃと感じて、すごく描いていましたね。スタイルを模索して・・・本当に絵を描き始めたってのはそれからですね。


―オーストラリア在住の時の作品は(今のものと)ちょっと違った雰囲気ですよね。


吉 そうですね。もうちょっと荒い感じでした。


―吉田さんの作品には不思議な生物が登場するのですが、オーストラリアの生物からインスパイアされて、というのはありますか?


吉 それは動物というよりも、結構人間の分身みたいなイメージで描いてます。


―これも鳥のような人のような、首輪が付いていたり、ある意味神の世界というか...


吉 今はだいぶその写真と変わってしまったんですけど、もともとは正面は普通の顔で浦は髑髏になっていて、二面性というか究極なイメージをいっこ置いてみたいな、と

描いている時って最初はテーマがあるんですけど、その瞬間その瞬間の思いつきで描き続けて、最終的には繋がるんですけれど。


―作品にはプリミティヴな衝動がありますよね。それはオーストラリアで開花したのでしょうか、もともと持っていてだからこそオーストラリアに惹かれたのでしょうか。
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吉 やっぱりオーストラリアに行かなければこういう絵にはならなかったと思いますし、何が良かったってあそこでは絵をやる上で完全に一人だったんですよね。あの時に毎日絵の事で試行錯誤したっていうのが大きかったですね。

その後は結局オーストラリアに飽きちゃって、平和で平和で...東京の混沌への憧れが甦ってきて、やっぱりそういうのがないと、俺は描けないのかもって。


―安住すると刺激が少なくなりますか?


吉 そうですね、人にもよると思うんですけど、自分の心が平穏な中では何も出てこないんじゃないかという不安はあって、その不安感がなくなった後半の作品が良いって言われることもあるのですが、やっぱり自分としてはあの時のパワーがどうしても必要なんです。


自分としては怒りのない精神状態では作品が描けないという感覚がありますね。


―今の作品なんかはどうですか?その不安感が出ていると思いますか?


吉 コントロールしていると思います。前はできなかったんですけど、今はコントロールしようとしていますね。昔は体を使っていたのが、今は頭を使おうとしているのは、良くないのかなと思うときもあるんですけど。結局自分としては避けられない流れだと思っているので、それをモノにしたいな、という意識では描いています。


オーストラリアで全身全霊でぶつかって描いていた時、ある日ふと、このままいったら死んじゃうな、と恐怖を感じた時があって。

本当にそのぐらいこのままこの勢いで描いていたら、最終的には死ぬなというのがあったのですが、ちょうどその頃にたまたま結婚したっていうのもあって、それで救われたのかなって。そのまま死んでもある意味幸せだったかもしれないですけど。


―吉田さんの絵には何とも言えない夢の世界というか、死後の世界・涅槃の向こうにある情景、ある意味、神経を逆なでするような鳥肌の立つ情景...不安感と神秘さを感じるのですが。


吉 自分としては不安さをあえて与えている意識はないのですが、基本的に絵を描くという行為は自分の為に描いているようなものなので。それをあえて人に見せる時に意識しているのは晴れだけではない、自分の夜の部分を見せたいっていうのは意識していますね。見る人は十人十色なので、なんとも言えないのですが、その暗さの中にあえて晴れを見出して下さる方もいますし、自分のユートピアを画面に定着させたいという気持ち半分、本当にユートピアはあるのかそれを追求していく気持ちで。


―この画の中に自分が入りたいという気持ちで?


吉 あー実際入るとしたら厳しいですね笑


20100503_891620.jpg―今回の展覧会タイトル「CHI」について教えてください。


吉 元々血の色が好きで、どうしても絵の中に入れてしまいたくなる。赤が好きなんです。それから最近子供が生まれたこともあって、血脈というのも感じるようになったのも大きいですね。

海外に行っていた頃は、ありとあらゆる人種がいて、でも血の色だけは同じだった、唯一そこだけが繋がっていた。という思いも含めて、全部織り交ぜて「CHI」というタイトルをつけました。...思いつきなんですけどね 笑 でも自分でもつけた時に、思いが見事まとまったなと。


―作品はかなり大きいですね。


吉 描きやすいというだけなのですが、大きいほうが気合が入るし、絵の中に没頭しやすいんです。小さい作品も望まれるのですが、小さいほうが途中で飽きちゃうんです。


―大きいと制作時間もかかるのでは?


吉 描き方にもよるのですが、今までだと数ヶ月かけていたんですね。気に入らないとすぐに消しちゃったりするので。それを今回は我慢して描いて描いて、やめないで先に行ってみよう。って。一ヵ月くらいで終わらせて次に行こうと。

画材についてもあまり画材を意識しないという自分が大前提ですが、今回アクリルも本格的に使うようになって、石油的でプラスチックなイメージがあって油の生々しさには勝てないなというイメージがあり以前はあまり好きな画材ではなかったのですが、逆にそのプラスチック的な所が面白いかなという意識に変わって。生き物をプラスチック的に描くときにはちょうど良いかもしれないと。

鉛筆も最初は早く作品が仕上がるかなと思って使い始めたのですが、一番時間がかかります 笑 でも鉛筆は描きながら完結していくので、描くのが楽しいですね。


―今回の展覧会について、どのような思いですか?


吉 人間想像しかないと思うんですね。全く違う感覚で一人一人作品を見ると思うのですが見て想像して欲しいですね。そしてあまり構えないで見て欲しいと思います。

私は特等席にいる、とこの展示会の受付をしていて思う。背後には実に愛らしい少女たちが何人も、優しげに微笑みなが ら佇んでおり、少し首を巡らせれば彼女達のその姿をすぐに目に入れることができるのだ。


20100430_882204.jpgラブドール、それは人間の「業」が生み出した、哀しく美しい存在であると私は考える。ここで敢えて、私は「業」という言葉 を使おうと思う。有史以来、人間は肉欲の虜である。その快楽を讃え、求めながら、同時に自ら作り出した道徳に縛られ罪悪感に苛まれる。誠に滑稽で哀しい 「業」である。だがその虚ろな「業」のうちに、それだけではない、心を通わせる温かみを一方で私達は知っているし、求めている。その、慈しみ合い、体を重 ねる無垢な喜びへの切ない願いが生み出したのがラブドールではないだろうか。

彼女達は人形である。命を持たない彼女達 に温もりを求めるのは皮肉な話かも知れない。だが実際にラブドールを目の前にすると分かる。彼女達の眼は優しく私達を見つめている。哀しい生き物である私 達を慈しむ微笑みを静かに湛えている。人間の身勝手な欲望も哀しい願いも受け止めて、そっと寄り添ってくれる。その優しい眼差しを、私はいつも、画廊の入 口にいながら背中に感じて暖かい気持ちになる。

 勿論、ご来場下さるお客様方も存分に彼女 達の魅力を楽しむことが出来るだろう。画廊の扉を開ければ、可愛らしく着飾った二人のドールが皆様をお迎えする。そのまま足を進めて、どうぞ心ゆくまでご 覧になって頂きたい。貴方に見つめられ、触れられるのを、無垢な人造乙女達はじっと待っているだろうから。

「オルタナティブ・ゴシック」展によせて
2010 年4月12日
~
4月24日

安蘭・寄稿



仄暗い月光に浮かぶ肢体
月 色の瞳は幻影にさまよい
血色の唇は空虚の溜息を漏らす


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切り離される現世の理
浸蝕され ゆく刹那に見ゆるものは
記憶の回廊 散りゆく花弁

陰 惨に蝕まれた細胞は
甘美な目醒めの光を讃え

淫 靡な戯れは
永久なる金蘭の契りを交わす



私 にとってゴシックのイメージといえば
極めて王道だが『ウ゛ァンパイア』である。

完全な存在であったはずの不死が
い つの間にか彼等に苦悶と哀惜を強いる。


しかし彼等はその苦悶を伴う程に妖艶な美し さを増す。

美しさは完璧なものではない。
完 璧でないから美しい。
苦悶と矛盾と憂い、その中に美しさは成り立つのだ。

また、ウ゛ァンパイアには耽美なるエロティシズムが存在する。

ハクセキの肌、優美な佇まい、絶世の美しさ。
勿 論、首筋に牙を立てるというのも重要な要素である。
もしこれが二の腕や脇腹などではまるで エロティックではない。

鮮血のように艶やかな唇が首筋を這う。
それはひととき、愛撫かと見紛う程に甘美なものだ。

血 が交じり合うその時、
被虐の叫びは悦楽の吐息と変わる。

痛ましく美しい
輪廻から迫害さ れたフリークス。

 






■4
26()
~515()

入場料500/オリエント工業社製・特別ブックレット/寄稿・高月 靖)
日曜・祝日も営業となりますが、土日・祝の営業は12
~17時までとなります。
51()8()の営業はイベント会場設営の為、1630分までとなります。



http://www.vanilla-gallery.com/

 

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あの、「人造乙女博覧会」(2007)から早3年。可憐なる人造乙女たちは新たな進 化を遂げていた――。

薔薇の花びらのような唇、そっとささやく瞳、 微かにふるえる磨きあげられたその指先......これら愛されるためのぬくもりの造形はまさに女性美を極限まで追求した一種の芸術であると同時に、限りなく現実 の女性になぞらえてリアルに造りこまれたおとなしいひとりの女の子の姿でもある。性の実用品として命をふきこまれた彼女たちの目に湛えられた優しさと物語る言葉は、それを覗き込むわたしたちの内部へ深く深く入り込んで、淡くちいさな光を落とすことだろう。

 

 

現在、映像・写真・物語等の多くのメディアに よって「ラブドール」という名は広く人々に認知され、それまでの「ダッチワイフ」という呼称はいまや過去の遺物になったといっても過言ではない。とはいう ものの、その実態が正確に知られているとはまだいい難いのではないだろうか。そもそも実用を目的として制作が始められたドールたちだが、時代の流れととも にその存在意義に少なからず変化が生じてくることはやむを得まい。それはある意味ラブドールの進化であって、彼女たちの多様性を如実に示した結果である。 しかして私たちはいま、改めてラブドールというものを考え直す時期に来ているのである。

「人造乙女博覧会?」はこういった意識のも と、ラブドールという特殊なドールが内包する根源的問題に大胆に切り込むものだ。先端技術と高い芸術的感性で新たなラブドールを発表し続ける業界の覇者・ オリエント工業に再びご協力いただき、最新のラブドールを一堂に会すことで、彼女たちが生きる世界への積極的なアプローチを試みる。

 

彼女たちはどこへ行くのか。人に限りなく近付きながらも人には決して宿らぬ不思議な魅力を持った乙女たちの、いまと今後に是非ご注目頂きたい。


 


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2007年、「人造乙女博覧会」が終了し、「作品」 として展示されていた娘達は刻々と帰る準備を行なっていた。突然に寂しさと危機感がこみ上げ、自分の彼女が実家に帰ってしまう!という抑えきれない切なさ が襲ってきた。人型というものは不思議なものである。2週間ともにいると当たり前のようにそれぞれ に人格を与え、愛し始めている。短い期間ですら愛を感じるドールと、「共に生きる」決意をするのも頷けてしまうのは、十二分に愛情を注ぐことができるオリ エント工業の努力の賜物だと感じた。

 

特に印象深い「面影」の話がある。彼女が画廊 に来たのは、ひょんな事からで、彼女は一度嫁に行き、その後オリエント工業に舞い戻ってきたのである。社員さんにお伺いすると、帰ってきたドールの中で愛 されたドールは顔を見ればわかるとお聞きしていたがなるほど、画廊に来た未亡人は、とても愛情を注がれ大事にされていたということが、素人の私にもはっき りとわかった。深い落ち着きと充足感に満ちた目でこの度デビューした新たな娘達を優しく見守る先輩として、展覧会の華になっていた彼女が忘れられない。

 

 

 

今回の展示では、進化を遂げた最新のドール達 を迎えると供に、その作品達がどのように作られていく過程をつぶさに写し取った門外不出の写真、そして実際に使用されている金型などの展示に、高月靖氏寄 稿のオリエント工業製作の特別パンフレットも配布する。

 

 

 

 


「オルタナティブ・ゴシック」

2010412
~424日まで

参加作家:安蘭・河上ヨシタカ・キジメッ カ・児島都・作場知生・たま・所伸一・鳥居椿
林美登利・MAHO.S.S・宮西計三・室井 亜砂二(50音順)

http://www.vanilla-gallery.com/



20100407_782548.jpg畸形の人よ。貴女の肉体のなんという愛おしさ。

 

若い日の私は貴女の聖痕に唇を押し当て、肉と肉とを重ねて汗にまみれる事をどれほど夢見たことだろう。

 

 

無い腕は私をやさしく抱き、萎えた脚は私の下肢にからみつく。

諦念は貴女の瞳に哀しみの深淵を 横顔に寂しい高貴を与える。

不自由な蠢きは肉体の中で荒れ狂う切ない命の奔流だ。

 

かつて貴方たちは異界からの使者として敬われ 憑代として神の言葉を伝えていた。

盲者は私達に見えない世界を見、聾者は我々に聞きとれない歌声を聞いている。

見世物小屋では太夫として喝采され華やかに畏怖された。

呼び込み方は昔ながらの嘘八百哀れな因果をうたいあげては観客の憐憫と恐怖をあおりたてて木戸銭をまきあげた。

貴女は一枚の大きな鏡になり、見る者は見られる者になり、見られる者は見る者になる。

 

「障害者」などという無礼な言葉でくくり、隔離して忘れ去ろうとしたのは誰だ。

貴方には差別される権利がある。自分たちを正常者と思い上がっている者たちを差別させることによって嗤い返す権利がある。

街に畸形者をとりもどし、混沌と畏れをよみがえらせよう。

 

五体満足な肉体のみを完璧な美しさと思う感性は、ギリシャ彫刻的均衡を美の規範とした偏見の名残だろう。

美は偏りから生まれる。欠落したものと過剰 なものが貴女の肢体を輝かせている。

この世に均一なものなど何も無い。人はみな欠落と過剰を抱えてうつつの日々を漂っている。

畸形者とは私自身であり、この文章を読んでいるあなた自身の姿でもあるのだから。

 

 


 「オルタナティブ・ゴシック」


2010412
~424日まで

参加作家:安蘭・河上ヨシタカ・キジメッカ・児島都・作場知生・た ま・所伸一・鳥居椿
林美登利・MAHO.S.S・宮西計三・室井亜砂二(50音順)

http://www.vanilla-gallery.com/


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つぶらな瞳、たゆたう栗毛、細く頼りなげな四肢は まるで愛らしい人形のようだ。淡い色に彩られた童話のようなメルヘンティックな世界には、リボンを纏った少女や、可憐な人魚姫が待っている。「何て可愛ら しいのだろう」。

 だが、もう少し絵をじっくり眺めてみてほしい。もう少し、顔を近 づけて。見えただろうか。少女の足元を這い回る無数の蝸牛、白い包帯のリボンにうっすらと滲む血液。細い指先は蝶々を千切る。眼帯に塞がれたその片目はど うしたのだろう?一瞥した時には綿菓子かと思ったが、なるほど、これは内臓だ――。

 たまの絵画は、限りない愛らしさととてつもない残酷さを同時に内 包している。いや寧ろ、その相反するかとも思える二つの表現――愛らしさと残酷さ―が相互を支え高めあう役割を果たしている、と述べた方が良いのかもしれ ない。無垢な少女だからこそ包帯はいっそう痛ましく見え、縫い合わされた傷口があるからこそ可愛らしく思える。このアンビバレンスな価値観こそ、「ゴシッ ク」のひとつの大きな特徴であろう。

 近年メディアでよく目にする「ゴシック」とはそもそもの起源を18世紀末に西欧で流行した「ゴシック小説」に持つ。『オペラ座の怪人』や『ドラキュラ』などがその代表作 で、怪奇現象や廃墟、幽霊などをモチーフとした幻想的な傾向の小説である。私達はそこに、ただの残酷さだけではなく、美しさを見出す。それは言わば「死へ の憧憬」だ。「ゴシック」とは生存のために理性に従って生きようとしてきた私達人間の後ろ髪を引く、崩壊への魅惑的な誘いである。

 たまの描く絵画にはその「ゴシック」の美しさが宿っている。とび きりキュートな少女達の甘く芳しい腐臭を、どうぞ嗅ぎとって頂きたい。

 

 「オルタナティブ・ゴシック」

 

参加作家:安蘭・河上ヨシタカ・キジメッ カ・児島都・作場知生・たま・所伸一・鳥居椿
林美登利・MAHO.S.S・宮西計三・室井 亜砂二(50音順)
http://www.vanilla-gallery.com/

 

 

 

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 暗がりの中に居心地の良さを見出してしまうのは何故だろう。それは様々な所に深海魚のような口を開けて潜んでいるのだけれど、銀座という街は日のあたる場所と暗がりのバランスが絶妙のように思っていた。しかしここ数年の間に、陳腐な言葉で言うと「古き良き」建築物が消されていく過程を何度か目にし、断頭台に立たされる囚人のように青いビニールシー トを被されて、処刑を待つ建築物を見るとこの街にあった淀みの的確さが失われていく感覚を覚える。処刑場の外から恐々と垣間見る愚民のように、殺された建物の事はすぐに忘れ、いつもの景色として記憶の中にリロードされてしまうのだけれど、明るく綺麗で良い匂いのする華やかな場所ばかりが増えていくのを目の 当たりにすると、ぼんやりとした不安と身を埋める場所の無い寂しさを唐突に感じることがある。

 

「オルタナティブ・ゴシック」出展作家の作場知生の作品を目にしたときに安心感と懐かしさを覚えたのは、そのような暗がりを「帰る場所」として腰を落ち着けている人間にとっては当たり前の事なのかも知れない。今回出品される作品3点はいずれも鉱物的なディティールや冷たく病的な女性の肌の質感も相まって、音の無いディストピアを予感させるが、その無機質を思わせる画面の中の匂いは記憶の澱に沈んでいる闇を纏った懐かしさ、忘れていたかった痛々しいまでの切なさを掻き回し、それらを強烈に喚起させる。

 

 

自分が本当に望んでいるのは、ユートピアではなく、作場作品の中のディストピア空間に、下水と人間の腐臭と汚物の匂いと供に沈み、緩やかに揺蕩うことなのではないか。

時間が許すのであれば、銀座の薄暗がりを通り抜けヴァニラ画廊で作場の作品をご覧頂きたい。暗がりを望むものにとっての一つの「帰る場所」が失われないうちに、と願う。

  


■ キムラ・グラフィック《ルビ》展■
デザインを言葉の「視覚的な《ルビ》」と位置づけた木村恒久の過激グラフィック展
■2010年3月29 日
4月10日


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地球が静止しその周囲で月、太陽、 五惑星が天球上を公転する「天動説」があった。
それをガリレオガリレイなどが「地動説」に正したが、木村恒久師匠からデザイン中心を視点にする 「デザイン地動説」をおつきあいから意識できていることは大きい。まさにデザインを中心に経済、社会が周囲で回っている天球図である。師匠に晩年の2000年ごろから2008年までおつき合いさせてい ただいた中から、その宇宙模型のような視点を回顧展「キムラグラフィック『ルビ』展」にちなんで献上したい!


1、デザイナーは 「知性」「イデオロギー」を売る。経済人には無いから「調子はどう?」と聞いてあげればいいんだ。デザイナーの得意な「感覚」「感性」は『自分のリズ ム』。情報社会がなんでもかんでも目の前を通過して行くから、自分のリズムで掴めばいいんだよ。隣り近所のおっさん、おばさんも全部リズムで掴めばいい 「フィジカルなんだ」!

2
、工業社会は「筋肉」。農業社会は「腹」。情報社会は 「脳」。つぎの『心の社会』を個人、個人で解きあかす時代。古くさい「こころ」を言い換えればいいんだよ。心社会は『?』残念ながら聞き忘れてしまったの で、いまも僕の耳から離れなくデザインで言い換えつづけている。

3
、ブランドは 「外交」。ブランド外交としてもてなしを考えればいいんだよ。文化論だと思えばいい。それを大企業みたいに儲かる。スケールメリット。と考えているから壁 をつくってしまう。情報の蓄積だよ!

国家、都市、社会に向けてデザイン《ルビ》と して表現され始め「デザインは意味だ」。とおっしゃる研ぎすまされた集約のデザインが半世紀近く経った今も星のように輝いている。やがて自らの興奮をかね そなえたモンタージュ作品(魔術的幻灯な装置「ヴァルター・ベンヤミン」)に辿り着く。そのすべてが、20世 紀の社会的な主題に向かっている「デザイン地動説」が回顧展からわかる。 (20103月)


   前田寿安個展「闇桜」によせて
■2010 年3月15日


20100407_782557.jpg  私が前田寿安氏の作品を観たのは一九八〇年代半ば。

SM誌では画家「小妻容子」「前田寿安」と二大巨頭であった。妖艶な女性の肉体美を描く小妻氏。責められているシチュエーションも含めて描く前田氏。どちらも官能的で正直、グラビア写真よりも興奮した。

 

それから約十年後、私は前田氏の仕事場を訪れインタビューした。前田氏の包容力を感じ、それと共に、作品に対する情熱をしっかり受け止めた。

 

 

「風景を描く。それもロングを描きたかったんだけど、責められている女を初めて外へ出して風景と一体化させた時、"これだ!これは面白い!"と思ったね。こういう絵を描いたのは、たぶん僕が初めてじゃないかな」

「(雑誌は)二色刷りで、鉛筆に墨、それに朱。製版のことはうるさく言いましたよ」

「描く時はのめり込んで熱狂的に描く。これでもか、と入り込むのでエロ雑誌の方がわかってくれるのです」

「僕は路地裏の職人です」

「今描いても昔と同じ作風は嫌です。歳をとることは、それだけ人生勉強も積み重ねているわけで、同じシチュエーションでも年齢とともに、違う作品が出来るはずですから」

「あの情熱を保つのは大変ですよ」

      (拙著「性の仕事師たち」より)

 

今回、ヴァニラ画廊での初個展の運びとなり、私は本当に良かったと思う。総合SM誌というものが皆無に等しくなった今、彼らの活躍の場が減り、それと同時に若い世代の人たちに伝わらなくなってしまう。こんなに画力があるのに、だ。

 

 

この個展のために新作を描いているが、少しも昔と変わらず、こだわりぬき、情熱が伝わってくる。

 

闇の中の桜は魔物である。寿安作の桜、花吹雪も私たちの心を惑わす。一作ごとの女たちが魔物に変えられていく姿態が、心の中に焼きつき、桜を見るたびにそ のシチュエーションが浮び上がることだろう。

 

 

 

春にふさわしい貴重な個展となった。