ヴァニラ画廊では、展示スペースとは別に古書・書籍も多く取り扱っております。

こちらのコーナーでは作家や画廊スタッフが、書籍をご紹介したり、その周辺にまつわるコラムなどを掲載致します。

 

 

第一回目は、只今ヴァニラ画廊のショーケース内にて書物を追憶するブローチ作品シリーズ《Mourning Casket──追憶の寶石箱》・『死都ブリュージュ』を追憶する新作ブローチ《皮膚と遺髪のネック・ブローチI 夜の喪章》を展示中のミストレスノールによる特別寄稿・作品はもちろん「死都ブリュージュ」です。

 

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《上作品》「死都ブリュージュ」を追憶するブローチ《皮膚と遺髪のネック・ブローチI 夜の喪章》

ヴァニラ画廊・ショーケース内で展示中

 

 

ヴァニラ画廊では古書肆マルドロールより、ジョルジュ・ローデンバック関連の書籍(森開社)をお預かりしております。 

古書肆 マルドロールhttp://www.aisasystem.co.jp/~maldoror/

 

 

ヴァニラの書匣①

死都ブリュージュ

死都ブリュージュ 表紙.gif

著:ジョルジュ・ローデンバック

沈黙と憂愁にとざされ、教会の鐘の音が悲しみの霧となって降りそそぐ灰色の都ブリュージュ。愛する妻をうしなって悲嘆に沈むユーグ・ヴィアーヌがそこで出会ったのは、亡き妻に瓜二つの女ジャーヌだった。世紀末のほの暗い夢のうちに生きたベルギーの詩人・小説家ローデンバック(1855‐98)が、限りない哀惜をこめて描く黄昏の世界。

    

  バレエへの夢想〜《死都ブリュージュ──半喪のパ・ド・ドゥ》

ミストレス・ノール

Degas.jpg 踊り子を描き続けた画家ドガの作品に《『悪魔のロベール』のバレエ(187172)》と題された絵画がある(左画像)。そこには、バレエ史上、最初のロマンティック・バレエとして記念碑的に位置づけられているバレエシーン、墓から蘇った尼僧たちの踊りが描かれているのだが、絵画の主題はむしろ、踊り子との情事を欲するアボネ(年間チケットを持つ常連)の姿、すなわち当時の劇場の赤裸々な現実を描き出すことにあった。19世紀後半のパリでは、バレエは芸術の座から失墜していたのだった。(†)
 この絵画から約20年後のパリで発表された『死都ブリュージュ(1892)』にもこのバレエシーンが予言的に登場するが、「踊り子たちはまず身持ちのいい女とは見なされていない」とあるように、バレエの不遇、バレエへの不信は依然として続いていた。
 しかしながら、バレエを愛するひとりとして、都市そのものが幻想であるこの書物ほどロマンティック・バレエを夢想させるものはない。その夢想をここに記す──

 

 

バレエ《死都ブリュージュ──半喪のパ・ド・ドゥ》 プロローグ付き全三幕 

  

  Quomodo sedet sola civitas plena populo …..    

  あゝ哀しいかな古昔は人のみちみちたりし此都邑

  いまは凄しき樣にて坐し

  寡婦のごとくになれり …..

              (文語訳『舊約聖書』《エレミヤの哀歌》第一章一節より)

 

 荒廃したエルサレムへの悲嘆を綴る美しき調べ──カウンターテナーによるクープラン《ルソン・ド・テネブレ》とともに深紅の緞帳があがった。

 

【プロローグ〜白の女、または宿命】

 薄闇の舞台には一枚の紗が降りている。紗は薄霧のように舞台を暈し、舞台奥の亡き妻であるバレリーナをうっすらとしか映し出さない。

 琥珀の編み毛を垂らした亡き妻の、パ(ステップ)にそって慎ましくゆれる白薄衣のドレープは、灰色の薄闇からふわふわと、この世の者を惑わす妖しさをたたえて浮かんでは消え、ドレープの隙間からのぞく肌は、あの世の禍々しい白さで舞台に死の感触を漂わせている。ただ、琥珀の編み毛だけが、異様な生気を内に秘めて鮮やかに輝いていた。

 ふいに、捧げるように差し出されたしなやかなポアント(爪先立ち)の、なんという厳粛さであろう! それは、あの世から放たれた宿命の矢のように、ゆっくりと、確実に、ブリュージュという地に下ろされた。亡き妻のポアントは語る──ブリュージュとは、厳格なカトリシスムの大気に覆われた、わずかな出来事にも敏感に震える灰色の水面であるということを。

 こうして、ブリュージュの水面に、宿命の一滴がしずかに落とされた……

 

【第一幕〜琥珀、または遺髪のパ・ド・ドゥ】*パ・ド・ドゥは「二人の踊り」の意

 紗幕があがると其処は、霧雨降る秋の夕暮れの室内。悲嘆にくれたユーグ・ヴィアーヌ、黒衣のダンスール・ノーブルがひとり、クリスタルの器に納められた亡き妻の遺髪を前に佇んでいる。遠くでカリヨン(鐘の音)が響いている。「死がもたらす憐れみ」である琥珀の編み毛をあたかも腕に抱くように、ユーグは踊り始めた。

 慈しみ深く踏み出されるパのひとつひとつは、生そのものを薄く削いでゆく痛々しさに満ちていたが、ブリュージュの水面にはその悲痛を受け止める深いやさしさがあった。彼の視線はただただ腕の中のみに注がれ、黒衣で囲まれた虚空がしだいに色づいてゆく不思議を《琥珀のパ・ド・ドゥ》は切々と語っていた。

 たしかに其処には亡き妻が居た。もはや触れることが叶わぬ苦悶が祈りのパとなって、あの世の入り口である遺髪が亡き妻を虚空に現存させていた。エレミヤの哀歌がやわらかな質感で色づいてゆく虚空を見守っていた。 

  

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   フェルナン・クノップフ《ブリュージュの思い出—ベギーヌ会修道院の入口(1904)》

 

【第二幕〜黒、または罪のパ・ド・ドゥ】

 黒ずんだ切妻並ぶ古びた河岸。ユーグは亡き妻にうりふたつの踊り子ジャーヌ・スコットに出会う。亡き妻を演じたバレリーナの一人二役である。

 黒衣で現れたジャーヌは、ブリュージュをやすやすと無防備なポアントで進んでいった、カ トリシスムをたたえた水面であることを無視して。

 ユーグは追う、まるでこの出来事が「運命の慈悲」であるかのように。黒衣のふたりが踊る《黒のパ・ド・ドゥ》は罪深い官能をたたえ、喪の色であった黒はしだいに罪の色となって灰色の水面を犯していった。婚姻していない男女の、許されざるパ・ド・ドゥであった。

 白い頭巾を身につけたベギーヌ会修道女のコール・ド(群舞)が登場し、罪深い黒を中和するブリュージュの意志として、宿命を見守る包容力と厳格な視線とをふたりに注ぐ。真っ白な量感を形作るコール・ドは時に死を語り、また時に純潔を、無垢を、清浄を、峻厳を語り尽くす。

 しかし、《黒のパ・ド・ドゥ》はよりいっそう罪の色を深くしていった。ジャーヌの蠱惑的なポアントは、ユーグの喪を穢し、信仰深い水面に強い衝撃を与えてしまったのだった……

 

【第三幕〜灰色、または影のパ・ド・ドゥ】

 聖血(サン・サン)の行進の日、ユーグの邸宅の一室。通奏低音のようにやさしく鳴り響いていたエレミヤの哀歌はしだいに表情を変え、「信仰と苦行の勧告」の様相を帯びてくる。

 苦悩しつつも罪に溺れるユーグは、今日はじめてジャーヌを家に迎えた。灰色の衣装に身をつつんだ影のコール・ドが、その事実を咎めるように部屋の片隅でふたりを見張っている。

 ふいに彼女はクリスタルの器から亡き妻の遺髪を取り出し、挑発的に踊り始めた。彼が聖遺物のように崇拝のかぎりをつくしてきた遺髪、それをこんな風に扱うことは喪への冒涜だった。

 遺髪をはさんで踊られる《灰色のパ・ド・ドゥ》のなんという荒々しさ……不安定な姿勢のパは互いを傷つけ合うように鋭く、たましいの尊厳を奪い合うはざまで遺髪は無言の悲鳴をあげていた。そうして美しい琥珀の編み毛は「死の道具」となってジャーヌの頸に巻き付き、彼女の息をうばったのだった……

 影のコール・ドは、横たわるふたりに長々と灰色の影をおとした。影とは亡き妻の影、ブリュージュの影、この世とあの世のあわいに投じられたカトリシスムの影だった。亡き妻の宿命(白)が遺髪(琥珀)を通してジャーヌの罪(黒)と出会い、ふたりはひとりの女になってついにはブリュージュの影(灰色)に同化した。

  「 死んだ……死んでしまった……死の都ブリュージュ」──ユーグは、亡き妻と、ジャーヌと、そしてブリュージュとも死に別れたのだった。ユーグの全ては灰色の影となり、彼自身から消えていった。彼の前には沈鬱な「永遠の半喪期」が広がるばかりだった。

 

  …..

  いまは凄しき樣にて坐し

 寡婦のごとくになれり …..

 

 荒廃したエルサレム を寡婦にたとえて嘆くエレミヤの哀歌が、亡き妻そのものであったブリュージュへの嘆きと重なっていった。そして舞台は、影とともに灰色に沈黙していった……

 

 死都ブリュージュ──寡婦であるブリュージュと寡夫であるユーグ・ヴィアーヌの、半喪への物語。

 幕。

 

 

 

【大いなる夢想の恐れ多い付記】

振付:ローラン・プティ

美術:フェルナン・クノップフ

音楽:フランソワ・クープラン

カウンターテナー:フィリップ・ジャルスキー

ユーグ・ヴィアーヌ:マニュエル・ルグリ

亡き妻/ジャーヌ・スコット:アニエス・ルテステュ

パリ・オペラ座バレエ団 

 

「」内の引用は全て、ローデンバック『死都ブリュージュ』窪田般彌訳(岩波文庫)より

 †守山実花「美術とバレエ」(『バレエ・ガイド』収録・音楽之友社・2003)参照

 

 

 ■ミストレス・ノール Mistress Noohl / プロフィール

追憶とフェティシズムの繊細な世界を題材に、書物周辺のアート活動を行っている。

プライベート・プレス[Club Noohl]、ちひさな文藝キャバレー[霧とリボン]、トリンケット・ショップ[Tea Brooch Club]主宰。

現在ヴァニラ画廊・ショーケースにて、書物を追憶するブローチ・シリーズ《Mourning Casket》及び手製本『リボン・ブック《小譚詩》』、蔵書票を常設展示中。

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