cornflakes are counterrevolutionary

masturbation is counterrevolutionary madonna is

counterrevolutionary

war is not the answer. revolution is.

heter sexuality is the

opiate pf the masses put your marxism where your mouth is

hollywood is

counterrevolutionary day dreams of a revolutionary.

    

 

 

画廊の壁三面にわたって張り巡らされた約440枚のポラロイド写真。
 様々な光景が写し出されたそれらを少し離れたところから眺めやると、赤や青や黄や黒等の色彩ばかりが入り混じって、まるでブルース氏の衝動の飛沫が白い壁にぶつけられて四散した飛沫の様にも見える。 血や汗や精液や、その他諸々が飛び散った、ヴァイオレンスな痕跡。

 ブルース・ラ・ブルースはカナダ在住のアーティストで、90年代にゲイポルノ・アート・フィルムを発表し一躍有名となった。その過激な作風からアート・シーンの異端児としてカルト的な人気を博し、現在も欧米で写真展覧会を多数行っている。
 今回展示されているポラロイド写真は、ブルース氏が2000年から2010年にかけて行った実験的パフォーマンスを撮影したものであり、全部で11の種類のパフォーマンスの一連の光景が記録されている。その内容はパフォーマンスの種類によって細かな違いはあるものの、大体において血糊の飛び散る室内で、複数の男女(もしくは男でも女でもない人々とかゾンビとか)が互いに銃や刃物を突き付けあっている、といったものだ。血まみれの室内や銃、シスター、豚の頭部の被り物などはブルース氏定番のモチーフと言ってもよいものだろうが、今回は更にいくつかのシリーズのパフォーマンスでは、国旗、迷彩服、ターバンを巻いた人々などの姿が写されており、定番のパターンを使用しつつも明らかに9.11の同時多発テロとそれに関連した戦争を意識したと思われるものも収録されている。

 上の様に説明すると何やらとてもスプラッタで怖ろしい内容の写真の様に思われるかも知れないが、実際にご覧頂ければ分かるように、そんなことは全くない。むしろそういった怖ろしさとは正反対の雰囲気を醸し出している。人々は戯れるように血糊に塗れ、笑いながら互いに凶器を向け合っているのだ。滑稽なポーズをしてみたり、カッコつけた立ち方をしてみたり、さながらホームパーティの最中にポラロイドカメラを向けられました、といった雰囲気だ。観ていると、どうも奇妙な感じを覚える。
 だがこの妙なミスマッチこそ、ブルース氏ならではの「狂気」の表現なのではないか。
 先日の「L.A.Zombie」上映イベントで、田亀源五郎氏がブルース氏の作風を「意図的に人の神経を逆撫でするような傾向がある」と仰っていたが、それを聞いて、成程、と思うところがあった。ブルースの作品は、映画でも写真でも、観る者に安定した解釈を与えない。どぎついセクシャルな描写と暴力的なモチーフをふんだんに使っているのに、雰囲気は妙にハッピーだったりセンチメンタルだったりする。「これはこういう意味なのだな」という解釈をさせてくれない。そこにこそブルース氏の過激な異端としての魅力があるのだろう。

 結局のところ、この作品、この表現にどのような意味があるのか、作者の意図は何なのか…ブルース氏の作品を前にして、この様な問いはナンセンスなのかも知れない。
 今回の展示につけられたタイトルは「POLAROID RAGE」、「RAGE」とは「怒り」である。ありとあらゆるもの―それは日常であり、ヘテロセクシャルであり、私達が当たり前と思って疑わない既存の価値観であるだろう―に対する原初的な破壊衝動が、「意義」や「思想」と言った言葉で固定化される以前の「怒り」が、このポラロイドにはぶちまけられているのではないか。
 
 インスタントなポラロイド写真のため、展示されている写真の中にはブレているものや何も写っていないもの、何が写っているのか分からないものなどもある。だが構成も照明の調節もきちんとなされていないがゆえの生々しさは、かえってブルース氏の衝動が剥き出しになって伝わってくる様で面白い。

 「War is not the answer . Revolution is .

 「正義」でもなく、「邪悪」でもなく、ただ常に壊し続けようとする「革命」の衝動がブルース氏の答えなのだとしたら、彼の「革命」は、きっとまだまだ終わらない。
 そのぶちまけられた衝動の一端を、この展覧会にて是非ご覧になって頂きたい。

(画廊スタッフ 伊藤)

 
ヴァニラ画廊では4月11日より「昭和エロ劇画クロニカル~1970年代を疾走した愛と夢~」を開催致します。
 
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入場料:500円
※18才未満はご入場になれません
営業時間:平日12:00~19:00 土日祝12:00~17:00
4/17(日)と4/24(日)も特別に営業致します。
 
■特別トークイベント:高取英/ダーティ・松本
4月23日(土)17:00〜18:30
入場料2.000円(1ドリンク付)
 
■劇画家(50音順・敬称略)
あがた有為
石井まさみ
榊まさる
ダーティ・松本
つか絵夢子
つつみ進
冨田茂
中島史雄
羽中ルイ
早見純
間宮青児
 
性をテーマにした漫画は、古来より表現を変えながら脈々と庶民の文化としてあり続けてきた。創意と工夫に満ちたこのおおらかな歴史は、そのまま時代を映し出す鏡とも言える。なかでも1970年代に隆盛を極めたいわゆる三流エロ劇画ブームは、多くの才能が輩出され性の表現の多様性を競い合った。そのGペンの線の中に閉じ込められた性の妄想は同時代の読者達の熱い支持を集め、言葉にできない共通感覚として時代のエロチシズムを表出させた。
この展覧会は、この時代のエロスの新潮流をなしたエポックメーキングな作品と作家達を一同に展示しようという試みである。エログロ・耽美・陵辱・バイオレンス・フェティシズム・SM・ギャグ・アブノーマルなど、パワーに溢れた劇画家たちの仕事は、今もリアルに鮮烈に、時代の痕跡を刻み続けている。
 
☆同時開催!「昭和エロス回顧の夕べ」☆
 
 
2011年4月17日(日)開場17:30  上映開始18:00(イベント終了予定20:30頃)
完全予約制、上記のページよりご予約下さい。
 
★イベント内容★
温泉ポルノ・豪華3本立て上映/温泉ブルーフィルム(カット版)上映
温泉STRIPTEASEショー(出演/早乙女宏美・クライマックスはる)
司会・活弁士/山田広野
協力/S.I.G.、ミスレーニアス、温泉忍者 http://www.onsen-ninjya.com/
 
銀座の地下クラブが、「昭和時代の温泉宴会場」へと変身します。
昭和的郷愁あふれるエロスを心の底から堪能しましょう。
世代の壁を乗り越えて語り継ぐ、娯楽的エロスの大殿堂。
この夜だけは、昭和時代にタイムスリップして思う存分語り合いましょう。
 
「お嬢様学校少女部卒業記念式典」の特別イベントのお知らせを致します。
 
 
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◆特別イベント:「卒業記念式典 謝恩会」◆
 
4月8日(金)
午後7時開場 午後7時30分スタート
入場料:1500円(1D付)
特別トークショー 「少女寫眞のフェティシズム」 ゲスト:飯沢耕太郎
※イベント終了後、サイン会あり。
 
卒業記念式典の開催に併せ、謝恩会を行います。
謝恩会では生徒による校歌の斉唱の他、飯沢耕太郎さんをゲストにお迎えしてのトークショーも行います。
少女達の門出を祝い、出会いと別れの季節に思いを馳せるひと時をお楽しみ下さい。
 
☆イベントのご案内
当日はイベント準備のため18時30分で一度閉廊致します。
その後、19時より開場となります。
予約制ではございませんので、当日直接ご来場下さい。
非常に混雑した場合は入場制限をすることもございますので、ご了承下さい。
 
皆様のお越しをお待ちしております。


「菫たちの慎ましい加護のもとに、

私は物言わぬため息と苦悩を置きましょう。

それは今宵私について離れないもの。

このあまりにも美しい宵に!」



(中島淑恵訳 ルネ・ヴィヴィアン「菫への祈り」より)




 19世紀末から20世紀初頭にかけての西欧の文芸では、「デカダンス」と呼ばれる傾向が流行し、虚無的・耽美的・病的なものを好む風潮が盛んであった。かのボードレールやユイスマンス、ワイルド等が活躍した頃でもある。
 そしてベル・エポックのパリに生きた詩人、ルネ・ヴィヴィアンもまた、その時代の芸術を担った一人である。



 ルネ・ヴィヴィアンが同性愛を嗜好する者であったということは、彼女の詩の退廃的な魅力を語るためのひとつの重要な要素であろう。
 彼女の詩に薫るそのレスボスの愛の姿は、情熱的な恋愛であったり、めくるめくような肉体の官能を湛えたものではない。それは常にかそけきものであり、沈黙するものであり、失われゆくものであり、倦怠のうちに追想されるものである。
 はち切れんばかりに躍動する生の朗々とした明るさに異性愛が準えられるのならば、それとは裏腹に、厭世・諦念・崩壊への誘い・孤独といったものの甘美な魅力と、同性愛の情緒が重ねられる傾向もあったのではないだろうか。
 そのようなレスボスの愛の麗しい退廃の魅力と、時代のデカダンスなムードが絡み合い、ヴィヴィアンは世紀末の芸術を彩るミューズと成ったのであろう。

(これは同性愛を「異常」「異端」と見なすということではない。また、私見であるが、現世の秩序からの一種の逸脱と同性愛を結び付けて高い精神性を見出す傾向は、日本の江戸時代の男色に関するひとつの傾向性とも似通ったものを感じる。)


 咲き誇る大輪の薔薇の花、芳しい香りを惜しげもなく振りまき綻びる気高き百合の花。

 それらの瑞々しい花弁に見る、燃える様な情熱や華々しい享楽はしかし、時に私達を疲れさせる。
 退廃と憂鬱の美学を知った詩人、ルネ・ヴィヴィアンは、その美学に相応しい花として、菫を選んだ。
 きらびやかな魅力は無いが、慎ましく静かに咲く、可憐な花である。
 彼女はその小さな花に、かつての情熱の亡骸と、安らかな倦怠の眠りを見たのであろう。

 そこには冷ややかに翳る、硬質なエロティシズムが漂っている。

 

sumiregahou.jpg今回ヴァニラ画廊に集った九人の女性作家達は、ヴィヴィアンの姉妹としてその美学を作品に表現している。

 菫色のカーテンが垂らされ、美しい調度品が置かれた画廊の内部はさしずめ19世紀末のサロンと云ったところか。
 絹糸が紡ぐ麗人の遺髪の三つ編み、美しい言葉の響きを其のまま形にした様なカリグラフィ、どこか切ない面影を感じさせる染め花のコサージュ、様々な情感を描いた絵画、繊細な表情を浮かべる人形…
 年代物の蓄音器が奏でる哀愁を帯びた音楽に耳を傾けつつ、このサロンに寄せられた麗しい美術作品を、じっくりとお愉しみ頂きたい。

 作家達が丹精を込めた様々の作品、それらが展示され装飾された小部屋、そしてそこを訪れて来て下さる皆様の存在、それら全てが絡まりあってルネ・ヴィヴィアンの甘やかな退廃の世界を追想させること、それこそが麗しき「菫色の文法」であると、私は考えている。


(画廊スタッフ・伊藤)

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◆《菫色の文法》展 vol.1 ~ルネ・ヴィヴィアンの寢臺~◆


■3月21日(月・祝)~4月2日(土) ※日曜も営業致します。

■参加作家
★ゲスト・アーティスト
浅野勝美(鉛筆画)
佐分利史子(カリグラフィ)
須川まきこ(ペン画)
染め花 Horry(コサージュ)
鳥居椿(水彩画)
横井まい子(油絵)
★菫リボン会メンバー
古川沙織(ペン画)
森馨(人形)
ミストレス・ノール(服飾・オブジェ)


http://www.vanilla-gallery.com/archives/2011/20110321.html


★『アンソロジー《菫色の文法》第一集~ルネ・ヴィヴィアンの寢臺~』

同時刊行!
ルネ・ヴィヴィアン研究の第一人者、中島淑恵氏によるヴィヴィアン訳詩集(本邦初訳含む)、『レスボスの女王──誘惑者ナタリー・バーネイの肖像』(国書刊行会)の翻訳で知られる小早川捷子氏によるエッセイなどを収録、《菫色の文法》展カタログも兼ねた箱入りのアートブックです


★《菫色に囁くちひさな朗読会》
3月26日(土)14時~ 入場無料

詩の朗読と蓄音機の奏でる音楽の午後、ベル・エポックの退廃を追想するささやかな会です  *展示は通常通りご覧頂けます

★《菫色の名曲室》
平日17時~19時

レイナルド・アーンを中心とした往年の仏蘭西歌曲、ルネ・ヴィヴィアンの恋人ナタリー・バーネイのサロンでも演奏したランドフスカ夫人の貴重な音源などを蓄音機にてご鑑賞頂けます  *展示は通常通りご覧頂けます


★《菫色のしずく》
19時~23時半・日祝定休

画廊直営バー「ヴァニラマニア」にてオリジナル菫カクテルを提供します


皆様のご来場をお待ちしております。


 

 

 

天野大吉展レビュー~「神話的グロテスクの偶像」

 

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   その強烈ながらも魅せられてやまない鮮やかな色彩に、或いはその美しい独特のフォルムに、ともすれば我々はそれらを形作る「もの」を認識するより前に、作品に見入ってしまうだろう。

そして気付き慄く、羽や泥、蟲、そして鱗の合間から浮かび上がる、眼、鼻、顎、―我々人間の、輪郭に。

 

 

 

 

  天野氏の作品を上手く言葉にするのは至難の業であるが、あえてひとつ言葉を当てるとするならば、「神話的グロテスク」とでも云おうか。

 生々しくぬめる魚の腸、鱗、蛸、蚕などの素材が、天野氏の卓越した技術によって神秘的な美しさを帯びて人体を覆い、絡まり、繋がる。そこには荒々しい生命の力強さやあられもない放流の迫力が、永遠さえ感じさせる静謐の内に表されている。

 その圧倒的な生命の力の内にあっては人間の身体はもはや個体を超え境界線をなくし様々なものと繋がりあってひとつの幻想的な偶像となるのだ。

 それは上辺の意味での「自然との一体」ではなく、もっと深遠で根源的な生命と繋がるということであり、その溢れ出る命のグロテスクな美しさに垣間見る人体の奇妙に神秘的な存在に、我々は無意識のうちに恐怖と戦慄、そして同時に不思議な恍惚感を覚えることであろう。 

 「宗教」は往々にして善と悪、聖と邪を分かつものかもしれない。だが「神話」は違う。「神話」はおよそ全ての生存、生きとし生けるものの奔放な力を是認し、神化する。

そういう意味で、天野氏の作品が生み出す世界観は「宗教的」ではなく「神話的」であるのではないか、と私は感じる。

 

 今回の天野氏の個展のタイトルは“HumanNature”、これを日本語に訳すと「人間性」といった意味になる。

 迸る生命の神秘的な力強さを司る、グロテスクな美神としての人間の存在=人間性が静かに湛えられた天野氏の作品を、どうぞご高覧頂きたい。

(画廊スタッフ:伊藤)

 

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天野大吉展2

 

■天野大吉展“Human Nature”

■11月15日~11月27日

■於ヴァニラ画廊(月曜~金曜:12時~19時/土曜:12時~17時/日曜休廊)

  朝倉1.jpg朝倉景龍氏の展覧会タイトルが送られてきた時はぎょっとして、何かの間違いではないかと何度かメールの文面を見返した。「今回はアイドル達なんです。」と聞いて、合点がいった。鉛筆で丹念に、そしてリアルな存在感を持って作品を描き続けてきた朝倉氏のモチーフは一貫して巨大な女性像である。

朝「二次元にコンプレックスを持っているんです。自らに刷込まれた二次元のエロさの破壊力の凄さと皆が楽しそうに二次元の絵を描いて盛り上 がっているところに入れない寂しさがあって、共有感が得られないんです。だから自分の絵画たちには人気者になってもらいたい。それも仏像的に。」 

※仏像ですか?確かに仏像は崇拝される存在ですね。

朝「そうなんです。崇拝される人気者。哲学ではidola(イドラ:ラテン語で偶像の意味)。  絵画アイドル、今回のテーマはそういう事です。描いている間は仏像を彫っているような心持です。あえてモチーフをポージング無しで描く理由もそれによる部分が大きいです。キャッチーでグロテスクなものをあえて纏わせるのは、自分の認めたくないコンプレックスから来る攻撃性を彼女達に注いでしまっている感じです。

 


 朝倉2.jpg

今回の展示では戦士の気風さえ漂う巨大女性像がなんと8体展示、一枚一枚の持つキャラクター性もさることながら、圧倒的なグループ感!やっぱり全員揃っての「ウルトラふぁんとムー☆」だよ!とわけも無くペンライトを振り、涙さしぐんでしまいそうになる。(失礼致しました。。)

作品の持つ戦闘力を信じていると語る氏の作品の丹念に塗りこめられたエネルギーを感じて頂きたい。アイドル冬の時代もすっかり雪解けとなり、戦国時代を迎えた今、アートアイドル界も戦う時代・朝倉氏の送り出す絵画アイドル達はその戦いに勝利する力強さと魅力に漲っている。

 

朝倉景龍展「絵画アイドルウルトラふぁんとムー☆」

展示会期は1023()17時まで

この機会をお見逃し無く!



  

  

照沼ファリーザ写真展 『食欲と性欲』

911()☆照沼ファリーザ特別トークイベント

ゲスト:AVライター:雨宮まみ

 

照沼ファリーザ写真展『食欲と性欲』(918日に終了)の特別イベントとして911日にトークショーが行われました。

ゲストにAVライターの雨宮まみさんをお迎えし、照沼ファリーザさんのキュートで毒気たっぷりの、大人と子供の間を揺れ動く絶妙な乙女心の世界に迫ったイベントの模様を、少しばかりですがお届けします。

 

雨宮まみ(以下 雨)「今日ここにある作品は全部自分で撮られている、ということなんですよね。」

照沼ファリーザ(以下 照)「はい。」

雨「(作品を指して)これなんかも、肉をバラ撒いて撮ったの?」

照「そうです。(作品の)中ではこれが一番サバイバーでしたね()初めて外で撮った写真なんですけれど、牛肉を15kg鞄にギュウギュウに詰めて公園に行って、人がいない隙に()

夏で、雨上がりだったから虫がすごくて()

雨「虫は平気なんですか?」

照「いえ、虫は平気というよりも苦手だから、むしろ気にして撮っているっていうのがあるので…」

雨「キモチワルイ!と感じながらも、むしろそういう部分を出して作品を撮っているということですか。」

照「そうですね。ジャマ者、悪役みたいな。」

雨「カワイイ対ワルモノ、みたいな感じですか()

照「そうですね()

雨「自分で(作品に)納得いくまで何度も撮るんですね」

照「出来上がったもの(作品)はキレイなんですけど、撮っている姿はかなりみすぼらしいです()

(中略)

雨「(実際に作品を撮るにあたって)どこまで決めてから(撮影に)行くんですか?ある程度ポーズとかテーマとかまで決まっていないと小道具等を用意するのも難しいですよね?」

照「だいたいノートに絵を描いて『これを撮る!』って決めてから撮ります。それで撮ったものを見ると、その絵とほとんど一緒なんですよ。『これを撮るぞ!』って決めたものにどんどん近づけていく、みたいな。だから無駄なカットがほとんどないんです。」

(中略)

雨「こういう作品のイメージっていうのはどこかで考えたりするんですか?」

照「うーん、やっぱりAVに影響されているところは大きいと思います。(作品を指して)これなんかもエロ雑誌の撮影に行ったときに、『男子公衆便所で露出』みたいな企画があって、その構図がすごく気に入って、それを再現したのがこれなんです。(中略)昔から好きなイメージもあるし、AVに影響されたイメージもあるし、という感じです。」

雨「AVってすごくエロい方向にいくじゃないですか、でも(ファリーザさんの)写真はそうじゃなくて、カワイイ方向にいっているな、と思うのですが。」

照「そうですね、『可哀想な感じ』というのがやっぱり好きなので。なんかやっぱりエッチなことって大人っぽいというか、AVとかも私は達者に()大人っぽくやっているところがあるけれど、それがすべてな訳ないじゃないですか。『エッチなこと怖い』っていう気持ちもあるし、それは誰でも子供の時とかは性的なこととかに『怖い』って思った事ってあると思うんですよ。それは今も自分の中にあるのだけれど、大人になって耐性が出来て、ただそれはまた違う自分だと思うんです。大人になった自分って子供のころから考えると、嫌だなぁと思う部分もあると思うんですが、でも自分を子供のままで守っているだけじゃ独りっきりで生きていくしかないので、そういうことに興味もあるけど、怖いと思うところもあって、困ったなっていう、そういう両面をあわせたのが自分だと思っているので…怖ければ怖いほど、そういうものにも憧れる、興味がある、気になる、っていうのもあると思うんですけど、たとえば私もAVではぶっかけとかそういうの好きなんですけど、普段はすごく潔癖なんですよ。」

雨「ビデオではそういう自分になれるけど、みたいな?」

照「いえ、潔癖だからこそ、ちょっと汚れた時に人よりも『ああ!!』ってなるというか()

雨「『とんだことになった!!』っていう()

照「私は子供っぽい気持ちだったり自分の世界っていうのを強く持っているところがあるので、両極端というか、そいういうのをわからないなりにやっているっていうのは『カワイイ』かな、と思うのですけれど。『迷える大人』みたいな…」

(中略)

雨「見ていて思うのですけど、『自分をカワイく見せたい』っていうのじゃなくて、写真を撮る側として、思い通りになるモデルとして自分がいる、みたいな、自分のことを切り離して考えているように思えるのですが。」

照「やっぱり自分のことばっかり見ている人って自分のことを上手く見せられないじゃないですか、客観視しないと、一度自分の世界から出て眺めないと、外から見ている人の目線で作れないな、というのはあります。」

 

◆最後に◆

照「とても自分を出している作品だから、人の意見とかも気になるのですが、それだけに共感してもらえたり感想を言ってもらえると、嬉しくて、そういう風に人とコミュニケーションをとれるのって幸せなことだな、と思って、がんばって良かったな、と感じています。有難うございました!」

 照沼ファリーザ写真展 『食欲と性欲』

ゲスト:AVライター:雨宮まみ

 

照沼ファリーザ写真展『食欲と性欲』(918日に終了)の特別イベントとして911日にトークショーが行われました。

ゲストにAVライターの雨宮まみさんをお迎えし、照沼ファリーザさんのキュートで毒気たっぷりの、大人と子供の間を揺れ動く絶妙な乙女心の世界に迫ったイベントの模様を、少しばかりですがお届けします。 

 

tterunuma1.jpg 雨宮まみ(以下 雨)「今日ここにある作品は全部自分で撮られている、ということなんですよね。」

照沼ファリーザ(以下 照)「はい。」

雨「(作品を指して)これなんかも、肉をバラ撒いて撮ったの?」

照「そうです。(作品の)中ではこれが一番サバイバーでしたね()初めて外で撮った写真なんですけれど、牛肉を15kg鞄にギュウギュウに詰めて公園に行って、人がいない隙に()

夏で、雨上がりだったから虫がすごくて()

雨「虫は平気なんですか?」

照「いえ、虫は平気というよりも苦手だから、むしろ気にして撮っているっていうのがあるので…」

雨「キモチワルイ!と感じながらも、むしろそういう部分を出して作品を撮っているということですか。」

照「そうですね。ジャマ者、悪役みたいな。」

雨「カワイイ対ワルモノ、みたいな感じですか()

照「そうですね()

雨「自分で(作品に)納得いくまで何度も撮るんですね」

照「出来上がったもの(作品)はキレイなんですけど、撮っている姿はかなりみすぼらしいです()

 雨「(実際に作品を撮るにあたって)どこまで決めてから(撮影に)行くんですか?ある程度ポーズとかテーマとかまで決まっていないと小道具等を用意するのも難しいですよね?」

照「だいたいノートに絵を描いて『これを撮る!』って決めてから撮ります。それで撮ったものを見ると、その絵とほとんど一緒なんですよ。『これを撮るぞ!』って決めたものにどんどん近づけていく、みたいな。だから無駄なカットがほとんどないんです。」

雨「こういう作品のイメージっていうのはどこかで考えたりするんですか?」

照「うーん、やっぱりAVに影響されているところは大きいと思います。(作品を指して)これなんかもエロ雑誌の撮影に行ったときに、『男子公衆便所で露出』みたいな企画があって、その構図がすごく気に入って、それを再現したのがこれなんです。(中略)昔から好きなイメージもあるし、AVに影響されたイメージもあるし、という感じです。」

雨「AVってすごくエロい方向にいくじゃないですか、でも(ファリーザさんの)写真はそうじゃなくて、カワイイ方向にいっているな、と思うのですが。」

照「そうですね、『可哀想な感じ』というのがやっぱり好きなので。なんかやっぱりエッチなことって大人っぽいというか、AVとかも私は達者に()大人っぽくやっているところがあるけれど、それがすべてな訳ないじゃないですか。『エッチなこと怖い』っていう気持ちもあるし、それは誰でも子供の時とかは性的なこととかに『怖い』って思った事ってあると思うんですよ。それは今も自分の中にあるのだけれど、大人になって耐性が出来て、ただそれはまた違う自分だと思うんです。大人になった自分って子供のころから考えると、嫌だなぁと思う部分もあると思うんですが、でも自分を子供のままで守っているだけじゃ独りっきりで生きていくしかないので、そういうことに興味もあるけど、怖いと思うところもあって、困ったなっていう、そういう両面をあわせたのが自分だと思っているので…怖ければ怖いほど、そういうものにも憧れる、興味がある、気になる、っていうのもあると思うんですけど、たとえば私もAVではぶっかけとかそういうの好きなんですけど、普段はすごく潔癖なんですよ。」

雨「ビデオではそういう自分になれるけど、みたいな?」

照「いえ、潔癖だからこそ、ちょっと汚れた時に人よりも『ああ!!』ってなるというか()  

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照「私は子供っぽい気持ちだったり自分の世界 っていうのを強く持っているところがあるので、両極端というか、そいういうのをわからないなりにやっているっていうのは『カワイイ』かな、と思うのですけれど。『迷える大人』みたいな…」

 

雨「見ていて思うのですけど、『自分をカワイく見せたい』っていうのじゃなくて 、写真を撮る側として、思い通りになるモデルとして自分がいる、みたいな、自分のことを切り離して考えているように思えるのですが。」 

照「やっぱり自分のことばっかり見ている人って自分のことを上手く見せられないじゃないですか、客観視しないと、一度自分の世界から出て眺めないと、外から見ている人の目線で作れないな、というのはあります。」 

 

◆最後に◆

照「とても自分を出している作品だから、人の意見とかも気になるのですが、それだけに共感してもらえたり感想を言ってもらえると、嬉しくて、そういう風に人とコミュニケーションをとれるのって幸せなことだな、と思って、がんばって良かったな、と感じています。有難うございました!」

 

照沼ファリーザ写真展 『食欲と性欲』

911()☆照沼ファリーザ特別トークイベント

ゲスト:AVライター:雨宮まみ

 

照沼ファリーザ写真展『食欲と性欲』(918日に終了)の特別イベントとして911日にトークショーが行われました。

ゲストにAVライターの雨宮まみさんをお迎えし、照沼ファリーザさんのキュートで毒気たっぷりの、大人と子供の間を揺れ動く絶妙な乙女心の世界に迫ったイベントの模様を、少しばかりですがお届けします。

 

雨宮まみ(以下 雨)「今日ここにある作品は全部自分で撮られている、ということなんですよね。」

照沼ファリーザ(以下 照)「はい。」

雨「(作品を指して)これなんかも、肉をバラ撒いて撮ったの?」

照「そうです。(作品の)中ではこれが一番サバイバーでしたね()初めて外で撮った写真なんですけれど、牛肉を15kg鞄にギュウギュウに詰めて公園に行って、人がいない隙に()

夏で、雨上がりだったから虫がすごくて()

雨「虫は平気なんですか?」

照「いえ、虫は平気というよりも苦手だから、むしろ気にして撮っているっていうのがあるので…」

雨「キモチワルイ!と感じながらも、むしろそういう部分を出して作品を撮っているということですか。」

照「そうですね。ジャマ者、悪役みたいな。」

雨「カワイイ対ワルモノ、みたいな感じですか()

照「そうですね()

雨「自分で(作品に)納得いくまで何度も撮るんですね」

照「出来上がったもの(作品)はキレイなんですけど、撮っている姿はかなりみすぼらしいです()

(中略)

雨「(実際に作品を撮るにあたって)どこまで決めてから(撮影に)行くんですか?ある程度ポーズとかテーマとかまで決まっていないと小道具等を用意するのも難しいですよね?」

照「だいたいノートに絵を描いて『これを撮る!』って決めてから撮ります。それで撮ったものを見ると、その絵とほとんど一緒なんですよ。『これを撮るぞ!』って決めたものにどんどん近づけていく、みたいな。だから無駄なカットがほとんどないんです。」

(中略)

雨「こういう作品のイメージっていうのはどこかで考えたりするんですか?」

照「うーん、やっぱりAVに影響されているところは大きいと思います。(作品を指して)これなんかもエロ雑誌の撮影に行ったときに、『男子公衆便所で露出』みたいな企画があって、その構図がすごく気に入って、それを再現したのがこれなんです。(中略)昔から好きなイメージもあるし、AVに影響されたイメージもあるし、という感じです。」

雨「AVってすごくエロい方向にいくじゃないですか、でも(ファリーザさんの)写真はそうじゃなくて、カワイイ方向にいっているな、と思うのですが。」

照「そうですね、『可哀想な感じ』というのがやっぱり好きなので。なんかやっぱりエッチなことって大人っぽいというか、AVとかも私は達者に()大人っぽくやっているところがあるけれど、それがすべてな訳ないじゃないですか。『エッチなこと怖い』っていう気持ちもあるし、それは誰でも子供の時とかは性的なこととかに『怖い』って思った事ってあると思うんですよ。それは今も自分の中にあるのだけれど、大人になって耐性が出来て、ただそれはまた違う自分だと思うんです。大人になった自分って子供のころから考えると、嫌だなぁと思う部分もあると思うんですが、でも自分を子供のままで守っているだけじゃ独りっきりで生きていくしかないので、そういうことに興味もあるけど、怖いと思うところもあって、困ったなっていう、そういう両面をあわせたのが自分だと思っているので…怖ければ怖いほど、そういうものにも憧れる、興味がある、気になる、っていうのもあると思うんですけど、たとえば私もAVではぶっかけとかそういうの好きなんですけど、普段はすごく潔癖なんですよ。」

雨「ビデオではそういう自分になれるけど、みたいな?」

照「いえ、潔癖だからこそ、ちょっと汚れた時に人よりも『ああ!!』ってなるというか()

雨「『とんだことになった!!』っていう()

照「私は子供っぽい気持ちだったり自分の世界っていうのを強く持っているところがあるので、両極端というか、そいういうのをわからないなりにやっているっていうのは『カワイイ』かな、と思うのですけれど。『迷える大人』みたいな…」

(中略)

雨「見ていて思うのですけど、『自分をカワイく見せたい』っていうのじゃなくて、写真を撮る側として、思い通りになるモデルとして自分がいる、みたいな、自分のことを切り離して考えているように思えるのですが。」

照「やっぱり自分のことばっかり見ている人って自分のことを上手く見せられないじゃないですか、客観視しないと、一度自分の世界から出て眺めないと、外から見ている人の目線で作れないな、というのはあります。」

 

◆最後に◆

照「とても自分を出している作品だから、人の意見とかも気になるのですが、それだけに共感してもらえたり感想を言ってもらえると、嬉しくて、そういう風に人とコミュニケーションをとれるのって幸せなことだな、と思って、がんばって良かったな、と感じています。有難うございました!」

 

照沼ファリーザ写真展 『食欲と性欲』

911()☆照沼ファリーザ特別トークイベント

ゲスト:AVライター:雨宮まみ

 

照沼ファリーザ写真展『食欲と性欲』(918日に終了)の特別イベントとして911日にトークショーが行われました。

ゲストにAVライターの雨宮まみさんをお迎えし、照沼ファリーザさんのキュートで毒気たっぷりの、大人と子供の間を揺れ動く絶妙な乙女心の世界に迫ったイベントの模様を、少しばかりですがお届けします。

 

雨宮まみ(以下 雨)「今日ここにある作品は全部自分で撮られている、ということなんですよね。」

照沼ファリーザ(以下 照)「はい。」

雨「(作品を指して)これなんかも、肉をバラ撒いて撮ったの?」

照「そうです。(作品の)中ではこれが一番サバイバーでしたね()初めて外で撮った写真なんですけれど、牛肉を15kg鞄にギュウギュウに詰めて公園に行って、人がいない隙に()

夏で、雨上がりだったから虫がすごくて()

雨「虫は平気なんですか?」

照「いえ、虫は平気というよりも苦手だから、むしろ気にして撮っているっていうのがあるので…」

雨「キモチワルイ!と感じながらも、むしろそういう部分を出して作品を撮っているということですか。」

照「そうですね。ジャマ者、悪役みたいな。」

雨「カワイイ対ワルモノ、みたいな感じですか()

照「そうですね()

雨「自分で(作品に)納得いくまで何度も撮るんですね」

照「出来上がったもの(作品)はキレイなんですけど、撮っている姿はかなりみすぼらしいです()

(中略)

雨「(実際に作品を撮るにあたって)どこまで決めてから(撮影に)行くんですか?ある程度ポーズとかテーマとかまで決まっていないと小道具等を用意するのも難しいですよね?」

照「だいたいノートに絵を描いて『これを撮る!』って決めてから撮ります。それで撮ったものを見ると、その絵とほとんど一緒なんですよ。『これを撮るぞ!』って決めたものにどんどん近づけていく、みたいな。だから無駄なカットがほとんどないんです。」

(中略)

雨「こういう作品のイメージっていうのはどこかで考えたりするんですか?」

照「うーん、やっぱりAVに影響されているところは大きいと思います。(作品を指して)これなんかもエロ雑誌の撮影に行ったときに、『男子公衆便所で露出』みたいな企画があって、その構図がすごく気に入って、それを再現したのがこれなんです。(中略)昔から好きなイメージもあるし、AVに影響されたイメージもあるし、という感じです。」

雨「AVってすごくエロい方向にいくじゃないですか、でも(ファリーザさんの)写真はそうじゃなくて、カワイイ方向にいっているな、と思うのですが。」

照「そうですね、『可哀想な感じ』というのがやっぱり好きなので。なんかやっぱりエッチなことって大人っぽいというか、AVとかも私は達者に()大人っぽくやっているところがあるけれど、それがすべてな訳ないじゃないですか。『エッチなこと怖い』っていう気持ちもあるし、それは誰でも子供の時とかは性的なこととかに『怖い』って思った事ってあると思うんですよ。それは今も自分の中にあるのだけれど、大人になって耐性が出来て、ただそれはまた違う自分だと思うんです。大人になった自分って子供のころから考えると、嫌だなぁと思う部分もあると思うんですが、でも自分を子供のままで守っているだけじゃ独りっきりで生きていくしかないので、そういうことに興味もあるけど、怖いと思うところもあって、困ったなっていう、そういう両面をあわせたのが自分だと思っているので…怖ければ怖いほど、そういうものにも憧れる、興味がある、気になる、っていうのもあると思うんですけど、たとえば私もAVではぶっかけとかそういうの好きなんですけど、普段はすごく潔癖なんですよ。」

雨「ビデオではそういう自分になれるけど、みたいな?」

照「いえ、潔癖だからこそ、ちょっと汚れた時に人よりも『ああ!!』ってなるというか()

雨「『とんだことになった!!』っていう()

照「私は子供っぽい気持ちだったり自分の世界っていうのを強く持っているところがあるので、両極端というか、そいういうのをわからないなりにやっているっていうのは『カワイイ』かな、と思うのですけれど。『迷える大人』みたいな…」

(中略)

雨「見ていて思うのですけど、『自分をカワイく見せたい』っていうのじゃなくて、写真を撮る側として、思い通りになるモデルとして自分がいる、みたいな、自分のことを切り離して考えているように思えるのですが。」

照「やっぱり自分のことばっかり見ている人って自分のことを上手く見せられないじゃないですか、客観視しないと、一度自分の世界から出て眺めないと、外から見ている人の目線で作れないな、というのはあります。」

 

◆最後に◆

照「とても自分を出している作品だから、人の意見とかも気になるのですが、それだけに共感してもらえたり感想を言ってもらえると、嬉しくて、そういう風に人とコミュニケーションをとれるのって幸せなことだな、と思って、がんばって良かったな、と感じています。有難うございました!」

 

照沼ファリーザ写真展 『食欲と性欲』

911()☆照沼ファリーザ特別トークイベント

ゲスト:AVライター:雨宮まみ

 

照沼ファリーザ写真展『食欲と性欲』(918日に終了)の特別イベントとして911日にトークショーが行われました。

ゲストにAVライターの雨宮まみさんをお迎えし、照沼ファリーザさんのキュートで毒気たっぷりの、大人と子供の間を揺れ動く絶妙な乙女心の世界に迫ったイベントの模様を、少しばかりですがお届けします。

 

雨宮まみ(以下 雨)「今日ここにある作品は全部自分で撮られている、ということなんですよね。」

照沼ファリーザ(以下 照)「はい。」

雨「(作品を指して)これなんかも、肉をバラ撒いて撮ったの?」

照「そうです。(作品の)中ではこれが一番サバイバーでしたね()初めて外で撮った写真なんですけれど、牛肉を15kg鞄にギュウギュウに詰めて公園に行って、人がいない隙に()

夏で、雨上がりだったから虫がすごくて()

雨「虫は平気なんですか?」

照「いえ、虫は平気というよりも苦手だから、むしろ気にして撮っているっていうのがあるので…」

雨「キモチワルイ!と感じながらも、むしろそういう部分を出して作品を撮っているということですか。」

照「そうですね。ジャマ者、悪役みたいな。」

雨「カワイイ対ワルモノ、みたいな感じですか()

照「そうですね()

雨「自分で(作品に)納得いくまで何度も撮るんですね」

照「出来上がったもの(作品)はキレイなんですけど、撮っている姿はかなりみすぼらしいです()

(中略)

雨「(実際に作品を撮るにあたって)どこまで決めてから(撮影に)行くんですか?ある程度ポーズとかテーマとかまで決まっていないと小道具等を用意するのも難しいですよね?」

照「だいたいノートに絵を描いて『これを撮る!』って決めてから撮ります。それで撮ったものを見ると、その絵とほとんど一緒なんですよ。『これを撮るぞ!』って決めたものにどんどん近づけていく、みたいな。だから無駄なカットがほとんどないんです。」

(中略)

雨「こういう作品のイメージっていうのはどこかで考えたりするんですか?」

照「うーん、やっぱりAVに影響されているところは大きいと思います。(作品を指して)これなんかもエロ雑誌の撮影に行ったときに、『男子公衆便所で露出』みたいな企画があって、その構図がすごく気に入って、それを再現したのがこれなんです。(中略)昔から好きなイメージもあるし、AVに影響されたイメージもあるし、という感じです。」

雨「AVってすごくエロい方向にいくじゃないですか、でも(ファリーザさんの)写真はそうじゃなくて、カワイイ方向にいっているな、と思うのですが。」

照「そうですね、『可哀想な感じ』というのがやっぱり好きなので。なんかやっぱりエッチなことって大人っぽいというか、AVとかも私は達者に()大人っぽくやっているところがあるけれど、それがすべてな訳ないじゃないですか。『エッチなこと怖い』っていう気持ちもあるし、それは誰でも子供の時とかは性的なこととかに『怖い』って思った事ってあると思うんですよ。それは今も自分の中にあるのだけれど、大人になって耐性が出来て、ただそれはまた違う自分だと思うんです。大人になった自分って子供のころから考えると、嫌だなぁと思う部分もあると思うんですが、でも自分を子供のままで守っているだけじゃ独りっきりで生きていくしかないので、そういうことに興味もあるけど、怖いと思うところもあって、困ったなっていう、そういう両面をあわせたのが自分だと思っているので…怖ければ怖いほど、そういうものにも憧れる、興味がある、気になる、っていうのもあると思うんですけど、たとえば私もAVではぶっかけとかそういうの好きなんですけど、普段はすごく潔癖なんですよ。」

雨「ビデオではそういう自分になれるけど、みたいな?」

照「いえ、潔癖だからこそ、ちょっと汚れた時に人よりも『ああ!!』ってなるというか()

雨「『とんだことになった!!』っていう()

照「私は子供っぽい気持ちだったり自分の世界っていうのを強く持っているところがあるので、両極端というか、そいういうのをわからないなりにやっているっていうのは『カワイイ』かな、と思うのですけれど。『迷える大人』みたいな…」

(中略)

雨「見ていて思うのですけど、『自分をカワイく見せたい』っていうのじゃなくて、写真を撮る側として、思い通りになるモデルとして自分がいる、みたいな、自分のことを切り離して考えているように思えるのですが。」

照「やっぱり自分のことばっかり見ている人って自分のことを上手く見せられないじゃないですか、客観視しないと、一度自分の世界から出て眺めないと、外から見ている人の目線で作れないな、というのはあります。」

 

◆最後に◆

照「とても自分を出している作品だから、人の意見とかも気になるのですが、それだけに共感してもらえたり感想を言ってもらえると、嬉しくて、そういう風に人とコミュニケーションをとれるのって幸せなことだな、と思って、がんばって良かったな、と感じています。有難うございました!」

 

照沼ファリーザ写真展 『食欲と性欲』

911()☆照沼ファリーザ特別トークイベント

ゲスト:AVライター:雨宮まみ

 

照沼ファリーザ写真展『食欲と性欲』(918日に終了)の特別イベントとして911日にトークショーが行われました。

ゲストにAVライターの雨宮まみさんをお迎えし、照沼ファリーザさんのキュートで毒気たっぷりの、大人と子供の間を揺れ動く絶妙な乙女心の世界に迫ったイベントの模様を、少しばかりですがお届けします。

 

雨宮まみ(以下 雨)「今日ここにある作品は全部自分で撮られている、ということなんですよね。」

照沼ファリーザ(以下 照)「はい。」

雨「(作品を指して)これなんかも、肉をバラ撒いて撮ったの?」

照「そうです。(作品の)中ではこれが一番サバイバーでしたね()初めて外で撮った写真なんですけれど、牛肉を15kg鞄にギュウギュウに詰めて公園に行って、人がいない隙に()

夏で、雨上がりだったから虫がすごくて()

雨「虫は平気なんですか?」

照「いえ、虫は平気というよりも苦手だから、むしろ気にして撮っているっていうのがあるので…」

雨「キモチワルイ!と感じながらも、むしろそういう部分を出して作品を撮っているということですか。」

照「そうですね。ジャマ者、悪役みたいな。」

雨「カワイイ対ワルモノ、みたいな感じですか()

照「そうですね()

雨「自分で(作品に)納得いくまで何度も撮るんですね」

照「出来上がったもの(作品)はキレイなんですけど、撮っている姿はかなりみすぼらしいです()

(中略)

雨「(実際に作品を撮るにあたって)どこまで決めてから(撮影に)行くんですか?ある程度ポーズとかテーマとかまで決まっていないと小道具等を用意するのも難しいですよね?」

照「だいたいノートに絵を描いて『これを撮る!』って決めてから撮ります。それで撮ったものを見ると、その絵とほとんど一緒なんですよ。『これを撮るぞ!』って決めたものにどんどん近づけていく、みたいな。だから無駄なカットがほとんどないんです。」

(中略)

雨「こういう作品のイメージっていうのはどこかで考えたりするんですか?」

照「うーん、やっぱりAVに影響されているところは大きいと思います。(作品を指して)これなんかもエロ雑誌の撮影に行ったときに、『男子公衆便所で露出』みたいな企画があって、その構図がすごく気に入って、それを再現したのがこれなんです。(中略)昔から好きなイメージもあるし、AVに影響されたイメージもあるし、という感じです。」

雨「AVってすごくエロい方向にいくじゃないですか、でも(ファリーザさんの)写真はそうじゃなくて、カワイイ方向にいっているな、と思うのですが。」

照「そうですね、『可哀想な感じ』というのがやっぱり好きなので。なんかやっぱりエッチなことって大人っぽいというか、AVとかも私は達者に()大人っぽくやっているところがあるけれど、それがすべてな訳ないじゃないですか。『エッチなこと怖い』っていう気持ちもあるし、それは誰でも子供の時とかは性的なこととかに『怖い』って思った事ってあると思うんですよ。それは今も自分の中にあるのだけれど、大人になって耐性が出来て、ただそれはまた違う自分だと思うんです。大人になった自分って子供のころから考えると、嫌だなぁと思う部分もあると思うんですが、でも自分を子供のままで守っているだけじゃ独りっきりで生きていくしかないので、そういうことに興味もあるけど、怖いと思うところもあって、困ったなっていう、そういう両面をあわせたのが自分だと思っているので…怖ければ怖いほど、そういうものにも憧れる、興味がある、気になる、っていうのもあると思うんですけど、たとえば私もAVではぶっかけとかそういうの好きなんですけど、普段はすごく潔癖なんですよ。」

雨「ビデオではそういう自分になれるけど、みたいな?」

照「いえ、潔癖だからこそ、ちょっと汚れた時に人よりも『ああ!!』ってなるというか()

雨「『とんだことになった!!』っていう()

照「私は子供っぽい気持ちだったり自分の世界っていうのを強く持っているところがあるので、両極端というか、そいういうのをわからないなりにやっているっていうのは『カワイイ』かな、と思うのですけれど。『迷える大人』みたいな…」

(中略)

雨「見ていて思うのですけど、『自分をカワイく見せたい』っていうのじゃなくて、写真を撮る側として、思い通りになるモデルとして自分がいる、みたいな、自分のことを切り離して考えているように思えるのですが。」

照「やっぱり自分のことばっかり見ている人って自分のことを上手く見せられないじゃないですか、客観視しないと、一度自分の世界から出て眺めないと、外から見ている人の目線で作れないな、というのはあります。」

 

◆最後に◆

照「とても自分を出している作品だから、人の意見とかも気になるのですが、それだけに共感してもらえたり感想を言ってもらえると、嬉しくて、そういう風に人とコミュニケーションをとれるのって幸せなことだな、と思って、がんばって良かったな、と感じています。有難うございました!」

 

照沼ファリーザ写真展 『食欲と性欲』

911()☆照沼ファリーザ特別トークイベント

ゲスト:AVライター:雨宮まみ

 

照沼ファリーザ写真展『食欲と性欲』(918日に終了)の特別イベントとして911日にトークショーが行われました。

ゲストにAVライターの雨宮まみさんをお迎えし、照沼ファリーザさんのキュートで毒気たっぷりの、大人と子供の間を揺れ動く絶妙な乙女心の世界に迫ったイベントの模様を、少しばかりですがお届けします。

 

雨宮まみ(以下 雨)「今日ここにある作品は全部自分で撮られている、ということなんですよね。」

照沼ファリーザ(以下 照)「はい。」

雨「(作品を指して)これなんかも、肉をバラ撒いて撮ったの?」

照「そうです。(作品の)中ではこれが一番サバイバーでしたね()初めて外で撮った写真なんですけれど、牛肉を15kg鞄にギュウギュウに詰めて公園に行って、人がいない隙に()

夏で、雨上がりだったから虫がすごくて()

雨「虫は平気なんですか?」

照「いえ、虫は平気というよりも苦手だから、むしろ気にして撮っているっていうのがあるので…」

雨「キモチワルイ!と感じながらも、むしろそういう部分を出して作品を撮っているということですか。」

照「そうですね。ジャマ者、悪役みたいな。」

雨「カワイイ対ワルモノ、みたいな感じですか()

照「そうですね()

雨「自分で(作品に)納得いくまで何度も撮るんですね」

照「出来上がったもの(作品)はキレイなんですけど、撮っている姿はかなりみすぼらしいです()

(中略)

雨「(実際に作品を撮るにあたって)どこまで決めてから(撮影に)行くんですか?ある程度ポーズとかテーマとかまで決まっていないと小道具等を用意するのも難しいですよね?」

照「だいたいノートに絵を描いて『これを撮る!』って決めてから撮ります。それで撮ったものを見ると、その絵とほとんど一緒なんですよ。『これを撮るぞ!』って決めたものにどんどん近づけていく、みたいな。だから無駄なカットがほとんどないんです。」

(中略)

雨「こういう作品のイメージっていうのはどこかで考えたりするんですか?」

照「うーん、やっぱりAVに影響されているところは大きいと思います。(作品を指して)これなんかもエロ雑誌の撮影に行ったときに、『男子公衆便所で露出』みたいな企画があって、その構図がすごく気に入って、それを再現したのがこれなんです。(中略)昔から好きなイメージもあるし、AVに影響されたイメージもあるし、という感じです。」

雨「AVってすごくエロい方向にいくじゃないですか、でも(ファリーザさんの)写真はそうじゃなくて、カワイイ方向にいっているな、と思うのですが。」

照「そうですね、『可哀想な感じ』というのがやっぱり好きなので。なんかやっぱりエッチなことって大人っぽいというか、AVとかも私は達者に()大人っぽくやっているところがあるけれど、それがすべてな訳ないじゃないですか。『エッチなこと怖い』っていう気持ちもあるし、それは誰でも子供の時とかは性的なこととかに『怖い』って思った事ってあると思うんですよ。それは今も自分の中にあるのだけれど、大人になって耐性が出来て、ただそれはまた違う自分だと思うんです。大人になった自分って子供のころから考えると、嫌だなぁと思う部分もあると思うんですが、でも自分を子供のままで守っているだけじゃ独りっきりで生きていくしかないので、そういうことに興味もあるけど、怖いと思うところもあって、困ったなっていう、そういう両面をあわせたのが自分だと思っているので…怖ければ怖いほど、そういうものにも憧れる、興味がある、気になる、っていうのもあると思うんですけど、たとえば私もAVではぶっかけとかそういうの好きなんですけど、普段はすごく潔癖なんですよ。」

雨「ビデオではそういう自分になれるけど、みたいな?」

照「いえ、潔癖だからこそ、ちょっと汚れた時に人よりも『ああ!!』ってなるというか()

雨「『とんだことになった!!』っていう()

照「私は子供っぽい気持ちだったり自分の世界っていうのを強く持っているところがあるので、両極端というか、そいういうのをわからないなりにやっているっていうのは『カワイイ』かな、と思うのですけれど。『迷える大人』みたいな…」

(中略)

雨「見ていて思うのですけど、『自分をカワイく見せたい』っていうのじゃなくて、写真を撮る側として、思い通りになるモデルとして自分がいる、みたいな、自分のことを切り離して考えているように思えるのですが。」

照「やっぱり自分のことばっかり見ている人って自分のことを上手く見せられないじゃないですか、客観視しないと、一度自分の世界から出て眺めないと、外から見ている人の目線で作れないな、というのはあります。」

 

◆最後に◆

照「とても自分を出している作品だから、人の意見とかも気になるのですが、それだけに共感してもらえたり感想を言ってもらえると、嬉しくて、そういう風に人とコミュニケーションをとれるのって幸せなことだな、と思って、がんばって良かったな、と感じています。有難うございました!」

田亀源五郎個展「WORKS」にて開催致しました特別トークイベントの模様を少しだけお届け致します。■814日ゲスト:沢辺均&雨宮まみ

(以下、田亀→田、沢辺→沢、雨宮→雨)

田亀 イベントの様子.jpg

 

◆田亀氏の漫画作品について

 田亀さんの描かれるストーリーは凄く良いですよね。中村うさぎさんがエロスは差別だという事をおっしゃっていて、差別があるからこそ興奮するって。

 あ、でもよくわかります。私SMをやりたかったんだけれど、なぜだか髭が生え揃うまではSMはできないと思っていたの(笑)

 その頃読んでいた本の影響ですか?

 その頃読んでいた本には髭なんて殆ど出てこなかった。私がデビューする頃まではゲイ雑誌って顎髭ご法度みたいなところありましたよね。口髭ぐらいで。だから顎髭をどかんと出したのって私が最初なんじゃないかな。私が出るまでは「熊」っていうキーワードも無かったかも。私が初めて「熊系」って主張した。(笑)デビューしたての頃に1年間書いていたイラストエッセイでいかに「熊」は素晴らしいかなど書いたり。本当にそれまでは皆無だったはずですよ。実際世の中にも髭はやしている人はあまりいなかったし。和風でいうとやはり短髪で、ビデオが出てくるようになってようやく口髭が多少。長谷川サダオさんが例外的に口髭をたまに描いていらした。あと、『ゲイ・エロティックアート3』に収録予定の竹内譲二さんの絵がわりとアメリカナイズされた絵だったので、顎髭とかちょっとあったぐらいで。私がそういうのを描き始めたのも日本のゲイ雑誌からではなくてもっぱらアメリカの雑誌からでした。ハードゲイみたいな文脈で見ていた。私が描き始めたら、今まで見たことはなかったけれども、これはイケるじゃない?みたいな人が出てきたらしくて、そこからわりと「熊」だの顎髭だのというのが広がりましたね。

 

 面白いのは最近ボーイズラブでも似た現象が起こっていて、とあるBLのアンソロジーがあるのですが、私が日露戦争の話でサンタクロースみたいなおじいちゃんを出したら、当時はあまり無かったらしく、色んな人から「おじいちゃん受け」に目覚めたって(笑)

 すごく可愛いですよね。あのおじいちゃん…

 結構人間って見て初めてわかる自分のセクシャリティーってあるんだな…と。

 それはそうですよ。無で思い出せないもん。「これどう?」っていわれて、「良い」とか「好き」とか言えるんだもんね。

 世間的にはわりとセクシーな女の人はこういうものだとか、イケメンはこういうものだとか、基本的にそういうものだとおもっているひとがそこそこいて、そういう人で本当の根っこの所ではそういうものは好きではないんだけれど、でもこういうものだと刷り込まれているから欲情していたものが、いざ本命みたいなものが出てきてしまって、あ、こっちだったの?!って。

 なんでこんなにドキドキしちゃうんだろうって自分でもわからなくて。

 おもしろかったのはG-menを創刊した頃にスタッフの中でジャニ系を好きな人がいて、その人はセックスの指向というよりもゲイ雑誌で何かをやりたいっていう感じでG-menでお仕事するようになったのだけれど、最初は自分はジャニ系好きだからこういう野郎系はちょっと…っていう感じだったんだけれど、半年経たないうちに野郎系好きになってましたね。今まではこれがまともっていうのが、意識的か無意識的かわからないのだけれど、その人の中ではあって、でもそれと自分の本質は違うっていうのを実際に写真とかモデルとか見ることによって自覚したっていう。

田亀会場風景.jpg

◆ゲイ・エロティックアートについて

 田亀さんの不思議な所は、自分でも描くわけだけれど、ゲイのエロ絵画に対する興味やリスペクトが強いじゃないですか。それはどういう所からきているんでしょうか。

 元々物凄く好きなものに対してはわりとオタク気質で、色々調べちゃうのはあるんです。でもゲイエロに関しては30パーセントくらい使命感みたいなものがありますね。つまり私が本格的にゲイ雑誌に描くようになって、当然読者だった時代に色んな方の絵を見ているわけですが、その影響で自分も描くようになって、日本ですと過去に描かれたものを見れる機会が雑誌に載ったらそれでおしまいだったので、全く無かったのです。対して海外ではどうかと目を向けると、ヴィンテージの昔のゲイの写真とか画集が出ている。そんなに大きなマーケットでは無いのですがちゃんと出版されている。それの影響を受けて今の自分がいますという事を公言する人が、ゲイアートに限らず、コマーシャルアートの世界でもごく当たり前に発言している。そのような状況がとても良いなと思ったんです。対して日本だと顧みられないで、埋もれてしまっていくのは悲しいなと思っていた所で、とある方から私が好きだったイラストの原画をいくつかまとめて頂く機会を頂いたのですが、頂いた原画がコラージュされちゃっていたんですね。顔が気に食わないところは別の顔を切り抜いて貼って。そういう状態の原画が半分くらいで、それを見て、ああちょっとこれは悲しいなぁと思ったのと、あとやっぱり似たようなパターンで、そういうことを色々と調べていたらある方を紹介して頂けたんですけど、伺ってみると「(作品を)ついこの間処分しちゃったわ」っていうことだったり、また私の知り合いの人で、付き合っていた人に「そういういやらしいものはダメだ」と諭されて(作品を)処分しちゃったなんていう話もあって、そういう状況をなんとかしたいなっていう気持ちはあったんです。それでとりあえず、データベースのような形としてでも何とか残しておきたいなと思って、サイトにそういうページを作ったんです。それで、松沢さんだったかな?が、沢辺さんを紹介してくれて。

 僕が松沢さんと話していて、日本のゲイ雑誌の作品を、ちゃんと体系的に一冊にまとめたものを出したいよね、という話は何となくしていて、それをやるなら田亀さんしかいないよね、という話になって。

 それで、最初は私の方から「こういう風にしたい!」という壮大なプランを抱えていったんですけど、そうしたら沢辺さんに「いや、それは無理だよ田亀さん」って言われて(笑)「出せるところから出していけば良いよ」っていう話になって。

 それで一巻ずつ出していって、四巻は、これは未定なんだけど、俺としては田亀源五郎全集にしたいなって考えていて。まあ、田亀さんもそうなのかもしれないけど、自分も、あらかじめ「アートですよ」って決まっていない分野、そういうものに魅かれるんだよね。今は下手したら(そういう分野の作品は)捨てられちゃうわけ。そういうところも良いんだし、しょうがないことだとも思うんだけど、百年経ったら状況が変わるわけだよね。そういうのに興味がある。

 私なんかはどこかで、価値観をひっくり返したいっていうのはすごくあるんですね。

2巻を出した時に、村上隆さんと田亀さんでトークイベントを行ったのですが、その時に村上さんは、アートの根源の、アートを作る人の欲望の量が強くならないとアートにならないって言っていて、「ゲイアートの人たちの作品を見ると本当に欲望が強いと思うんですよね」って(笑)他の人と比べてとかではなく、その欲望をモノにしようっていうのが、強いよねって。で、実際の性生活はどうなんですか?(笑)

 一時期はね、結構追求したんですよ、性生活を。でもね、絵で描いてるみたいにはいかないじゃない(笑)ロールプレイングみたいになっちゃうのはつまらないなって。

かといってセックスの為に日常生活を捨てられるかっていうとそういうのも私には躊躇われるんですね。

 だから誤解されないように今一度強調しておくと(笑)田亀さんの「欲望が強い」っていうのは、セックスに対してっていうよりも、そのことを絵や物語にするっていう欲望なんだよね。

田 確かにね、私も海外のアートを生業としている人たちの口からよくきく言葉というのが「パワフル」っていう言葉なんです。アート的な価値観で見た絵の善し悪しを「ビューティフル」とか「エレガント」とかではなく、「パワフル」であるかないかっていうことで形容する人が多いです。確かに私も他の作家さんの作品を見ていて、何か自分に迫ってくるものがあると「お金出してでも欲しい」とか思うし、そうじゃなくてもっとサラっとした感じだと、「良いけどお金出すほどじゃない」って、そういうのは自分の中にありますね。

 

◆お客様との質疑応答

Q.近年やおい系とゲイカルチャーのミクスチャーが起きているが、(作品に)「女性目線をとり入れてもいいな」と田亀先生が思った心境の変化について。

 

 ミクスチャーっていうのは実は昔から起きているんですね。私がデビューしたころの「さぶ」に、当時の「june」の作家さんが名前を変えて描いていたり、「さぶ」で連載されていたものを、挿絵だけ女性向けに変えて出ていた「ロマンジュネ」というものもありました。ですからミクスチャーというのは皆さんが思っているほど最近起きたことではなく、もっと奥深いところからきているんですね。ですが、一つ変わったことがあるとすれば、当時の「ジュネ」がボーイズラブであったということは、それは同時に「耽美」「禁断の愛」だったんですね。私はその「禁断の愛」とセットになっている当時の「ジュネ」は嫌でした。「あなたたちが美化するのは構わないけれど、禁じられる筋合いはない」っていう(笑)ところがボーイズラブになって、いきなり軽くなったんですね。ただ今も色々なボーイズラブ漫画があって、少女マンガの男同士版みたいなものにはおよそ私の入る隙間はない、と思っちゃうんだけど、エロを前に押している感じのところは、お呼びがかかれば行きますよ、という感じで描いています。

 

Q.絵柄の変化について、これから漫画家としてどのように進化をしていくのか。

 

 変化っていうのは結構自然なものなんですね。ただいつも理想にしている絵っていうのがあるんですけれども、それも変わっていきます。私の場合、初期は「勢い」のある線を描きたくて、それがある時期からもう少し形をしっかりと描いていく風に変わって、ただ『君よ知るや南の獄』を描いた後に、この線でやっていける究極のところまでは行ったかな、これ以上この形を続けても、硬直した様式美の様なものはあるかもしれないけれど、そこから何かが発展していくことはないだろうな、と感じて、自分の線を壊していく作業をしたんです。私が感じる限界っていうのはおそらく「漫画の線」の限界なんですね。そこで「漫画」から伝統的な「ペン画」の線、息遣いが伝わるような線にシフトしていったんです。それでもう一度自分の線に愛着が持てました。田亀イベント 出演者3名.jpg

 

 ※ご出演の皆さま、お越し頂きました皆さま、ありがとうございました。

  イベントのほんの一部でしたがお楽しみ頂けたでしょうか。

会期中は圧倒的な熱量を持ちながらも、細部まで描きこまれた緻密な作品群が並び、パワフルな展覧会となりました。ヴァニラ画廊では展覧会に引き続き田亀源五郎の書籍を取り扱っておりますので、スタッフまでお申し付け下さい。

 

 

猛暑に相応しいヴァニラ画廊夏のラインナップ・夏休み企画第二段はゲイ・エロティックアートの巨人、田亀源五郎展です!初期作品から最新作まで圧倒的なパワーと官能美溢れる作品群を是非ご高覧下さい。

もちろん作品販売も行ないますので、この貴重な機会をお見逃し無く!

今展示には田亀氏のセンス光る素敵なお土産付です。(是非コンプリートを目指してください♪)

 

14日には特別トークイベントも開催されます。

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■田亀源五郎展「WORKS

■入場料500円 お土産付き

89()821()

 

■田亀源五郎特別トークイベント 814()1700~ 入場料1,500
ゲスト ポット出版社長 沢辺均・AVライター 雨宮まみ
「ゲイアートシーンの現在と未来」×「男と男のエロス」

己の感じる男のエロティシズム、フェティシズム、サドマゾヒズムをテーマに、20年以上活躍してきたゲイ作家・田亀源五郎による、日本国内では初となる本格個展。初期作品から最新作まで一挙に展示。既に海外からも高い評価を受けている、パワフルなゲイ・エロスの世界をお愉しみください。

 

 

 

 

田亀源五郎プロフィール

1964年生まれ。多摩美術大学在学中、ゲイ雑誌や耽美雑誌に別名義による作品を発表しつつ、卒業後の1986年にゲイ雑誌「さぶ」で本格デビュー。以降アート・ディレクターをしながら、マンガ、イラストレーション、小説等を発表、1994年からは専業作家となる。マンガ単行本多数。アーティストとしても、主に海外で個展や企画展などの開催多数。また、過去の日本のゲイ・アートの研究にも取り組んでおり、編纂画集の出版や企画展なども開催。(http://www.tagame.org

 

 

nakamura01.jpg

私の実家には、幼かった私の描いた絵を一面に貼った部屋があります。
午後にはぬくぬくと陽のあたる、小さな小さな部屋。

そこは私が中学生の頃に亡くなった、私の曾祖母の部屋。

両親共働きだった私を実質育ててくれたのが、彼女でした。


子供の頃の私は、片時も紙とクレヨンを離さない子供でした。
お気に入りは人魚姫とシンデレラ。
リボンを飾り、真珠やダイアモンドで精一杯のおしゃれをしたお姫様達は色あせながらも今も帰るたびに私を迎えてくれるのです。
今になって見れば本当に拙い。
特別に優れた絵では、決してありません。
けれど当時の私は大得意。
次々と書き上げては彼女の元にかけつけました。
日に何度も。それを、毎日。
彼女は、私の最初の理解者でした。
そしてそれは今でも変わりありません。
私を褒め、全てを肯定し、私の幼い絵は彼女の手により、王女様みたく丁寧に扱われ壁に貼付けられました。
わたしはそれを眺めては幸せを感じていました。
だってそれは、私が彼女の宝物という証だったから。


彼女が亡くなった時、私は中学生でした。
世の中を斜めに見る。
(
自分自身にも、自分の絵にも、自信なんか一切なくて)

私は、泣かなかった。
薄情者の人でなしと私は自分を思いました。
家を嫌いになった訳じゃ勿論無い。
でもあれほど暖かく居心地の良い場所は、二度と見つかることはありませんでした。
 
私は世界を斜めに見たまま、世界や他人を疎ましがり、自分を出来損ないと思い、思い続けて何年も生きて。
そしてふと、気付きました。


私を宝物と思っていた彼女はきっと、私のこの様を見たなら悲しむだろうと。


私が、彼女が死んで泣かなかったことも、世界や他人に対して抱き続けた醜い感情も。
思春期に彼女を…少し疎ましく感じたことがあったことも…許すだろうと。

そして私が大好きだった絵を今も続けていると知ったなら、きっと、褒めてくれるだろう。


私はお金がほしい。
私は有名になりたい。
私は多くの人に愛されたい。
私は絵で、そうなりたい。
けれどそんなのは、結局後からついてきた理由でしかなく。
最初はただ、認めてほしかった。それだけでした。
大切な人に。
執着した人に。
 

思えば彼女が亡くなってから描いた私の絵は、
無くしたものを再構築しようと、じたばた足掻いた証でした。

 

私の名前は、大事な大事な、この彼女の名前です。
私は彼女を近くに感じます。守られているのだと。

そして。
 

彼女のあの、「甘い小部屋」。
 

それは他でもない。


幸せの象徴。そして私の原点。
 

私を全て肯定する、彼女の部屋なのです。

 

 

 

中村キク

 

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中村キク展 nakamura02.jpg
「仲のいい姉妹」
http://
www.vanilla-gallery.com/gallery/nakamura/nakamura.html

■7
19()724()
入場無料


中村キク/プロフィール

1979
年生まれ
2003
年 大阪芸術大学芸術学部美術学科卒業(銅版画専攻)
一般企業就職後一時絵から離れるものの、2008年より活動を再開。

活動履歴
2002
年 第二回高知国際版画トリエンナーレ展(入選)
2008
12月 クリエイターズマーケット(名古屋)
2009
5月 デザインフェスタ(ビッグサイト)
2010
3月 個展「甘い小部屋」(大阪 ART HOUSE)

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銅版画や鉛筆の作る濃淡の世界。
繊細で壊れてしまいそうな世界を紡ぎだす、中村キクの作品を是非ご高覧下さい。

皆様のお越しをお待ちしております。