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ヴァニラのオルタナイティブ……………………内藤巽

ある日突然、画廊をオープンしようと思ったのは二〇〇三年の秋のことでした。それから準備期間がたった二カ月というスピードでヴァニラ画廊を立ち上げたのですから、実に慌ただしいことでした。そもそも異業種から参入するにあたって、誰に相談したわけでもなく知恵を授けてくれる人がいたわけでもありません。行き当たりばったりで、勢いづくと途中で止まらない猪突猛進型なのです。五年前も今もアートシーンを取り巻く状況は大差ないですが、新規参入としては無謀なスタートであったと言えます。

有名無名にかかわらず自分が見たいと思う作家だけを展示するということ。未知の作家を発掘し発表の場を作るということ。そのような思いに衝き動かされて画廊をスタートさせてから、ほぼその思惑通りに展示をやり続けてきたつもりです。振り返ってみると、五年もよく持ったなという感慨があります。誰に頼まれたわけでもないのに、勝手に使命感のようなものに燃えてトラックを何周も走ってしまったわけです。弱味を見せたくないという意地が傷を深くしていく、ある意味マゾヒスティックなくらいのサービス精神が豊富な性格が、ずぶずぶと沼の深みに嵌まらせてしまったのかもしれません。当初よりどんぐりの背比べみたいなことはしたくありませんでしたから、やりたいと思える企画は、採算を度外視するしかないのです。このような方向性にシンパシーを感じてもらえる、ごく少数の作家とお客さんが、この画廊を支えてくれていると思います。時間はかかりますが、出会いがじわじわと広がっていく事でしか前には進めません。きわめて特殊な画廊ですが、リアルな場としてヴァニラ画廊のこのような展示が出来る事の意味はあると感じています。絵を鑑賞する習慣はあっても、購入する意思の無い市井の人をマーケットに据えている不幸は現在、日本の画廊のほとんどが一緒だと思います。ですから画廊というシステムはもう崩壊していると考える人もいるわけです。バーチャルに画廊や画商を通さないで流通している作品もいっぱいあるらしいし、廃校になった校舎は全国に累々としています。ただ方向性を持ちながら、リアルに作品と向き合える場所として、家賃や人件費までかけ提示していくアナログな画廊は、もちろん経営的に困難を極めますが、電源を落としてしまえば消えてしまうバーチャルなものに比べて圧倒的にゆるぎないパワーを持っていると思います。

本来、企画画廊とは、容器でありながら装置であり続けるという思考を持った部屋です。器だけでは意味がありません。どのように作家や作品との出会いを図るのかという仕掛けが必要です。うちの画廊がやっているイベントの多くはその試みの一つであり、実際イベントに来てくれた方が、作品を購入していくケースも多くあります。また画廊という場を離れて一年に一回だけ大きな会場で開催する「サディスティックサーカス」と言うイベントも、画廊という場には収まりきらない異端的身体パフォーマンスばかりを集めた祭典です。感動とは恐ろしい瞬間であるという先人の言葉を体験する悪所として、真夜中の見世物小屋というコンセプトで打ち出しています。そういう意味では一貫性を持ちながら全てが繋がりを持っているのです。擬似体験ばかりで知ったかぶりをしている脳みそにトラウマを与えるという事です。それは一貫して私の悪巧みなのです。コミュニケーションは深い方がいいのか、浅い方がいいのかという問題はあります。例え浅くても諦めが深かった方が、つまり絶望から出発していた方が、深いコミュニケーションが一期一会でも起こる可能性はある。逆にまた明日も会えると思ったら、浅いコミュニケーションがだらだらと続いていくわけです。作品との出会いもそれに似て、盗んででも手に入れたいと思えるかどうか。その出会いの瞬間が起こるのは深いことと思えるのです。

判断保留のものも含め進行の文化の一群が、カウンターカルチャーと呼ばれた一九六〇年代頃と比べると、今はもっとはるかに巧妙に消費に取り込むシステムが出来上がってしまっていると思います。現象をフィルターで濾過していくブレインポリスはこちらからは見えませんが、仲間のふりをして抜け目なくエッセンスだけを抽出しようとする構造があると思います。いつかメインストリームに行くことだけを夢見ている作家風情はまんまと消費されます。実験的な試みでもなんでも、いわゆるサブカル趣味というくくりに入れてしまう乱暴さは正すべきだと思います。上昇志向ばかりで男気の無い作家は少なくないので、諦めながら本物を探す旅はまだまだ続くわけです。

画廊という場所は交差点です。砂漠の井戸に集まる人々が文化を交流しながらクロスするように、その井戸がピュアで枯れなければ良いと思います。

彷徨舎 「彷書月刊」 10 月号 「特集・画廊回廊」
2008 年9 月25 日発行より。

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