フランツ・フォン・バイロス Franz von Bayros

1866年クロアチア・ザクレブ生まれ。
6歳の頃から絵を描き始め、ミュンヘンとウィーンの美術学校で絵の勉強をする。
1896年、「ワルツ王」作曲家ヨハン・シュトラウス二世の娘と結婚するが、翌年に離婚。その後ミュンヘンにてクニッル美術学校に入学。1904年に初の個展が開かれ成功する。それから挿絵や蔵書票の注文が次々寄せられ、大型版本も3冊出版された。
1911年、自身の画集「化粧台物語」が猥褻罪でミュンヘン警察から告訴されるが、公判を避け、再びウィーンへ戻る。
1913年、二度目の結婚後、1921年、「神曲」をテーマに60枚の水彩画を発表すると、ドイツやイタリアでの展覧会でも絶賛を博し「挿絵王」の称号を捧げられた。 1924年4月2日、脳溢血の為他界。

2010バイロス蔵書票展「世紀末の甘美な夢」
バイロス挿絵展「背徳のシンフォニア」
CONDENSED VANILLA
2011バイロスと日本におけるその系譜~蔵書票展~
2014エクスリブリス・パラディーゾ―蔵書票のセンシュアリズム―
フランツ・フォン・バイロス