'16/11/7 〜 11/12つじの える個展「虚を象るヒトデナシたちの寓話」

新画廊 展示室 A / 入場無料
つじの える個展「虚を象るヒトデナシたちの寓話」

驚愕の新人が、鮮烈に出現する。つじの えるが描く世界は、可愛らしいイラスト、惨忍な童話に見えて、マニエリスム、シュルレアリスムを通過した幻想絵画のようでもある。瀧口修造の秘儀、澁澤龍彦の魔術、種村季弘の幻視という眼は、これまでに数々の優れた日本の幻想絵画を見出してきた。しかし、つじのの傾向は、この何れにも当て嵌まらない。広義の幻想絵画を1965年に国際的に認められたウィーン幻想派に限定すれば、敗戦後のオーストリアが「社会主義的状況と資本主義的状況がせめぎ合うなか、(中略)戦争の傷跡が非常に内省的に、幻想的に、芸術作品に表れてきた」(針生一郎「社会的反撃の表現」『月刊美術』1992年10月号)という定義が存在する。混乱した時代に、現実と向き合えなかった。我々とつじのが生きる今日に、戦争の傷跡は跡形もなく消え去っている。むしろ過ぎ去った戦争よりも、やってくるそれに怯える傾向にある。我々は来るべき狂気に慄くのではなく、正面から向き合い、闘わなければならない。そのためには日常で人間の本質を暴く、真の幻想絵画と向き合わなければならない。その機運が、つじの えるの展覧会により齎されている。

宮田徹也/日本近代美術思想史研究

いまここにある世界が確かなものだという保証などどこにもない。
目を閉じた瞬間に物理法則は変化して過去を改竄しつづけているかもしれないし、信じていた動かさざるべき未来は昨晩死んで、今朝産まれ変わったかもしれない。

その未来において、ヒトの中身に詰まっているのは骨や血肉ばかりではない場合もある。性欲や庇護欲や、はたまた狡猾な悪巧みや誘惑だけを肥大させた精神の化身が、核を剥き出しにして飄々と歩く世界も存在するのだ。

あまりにもヒトであるが故にヒトではないヒトデナシらは、創世ののちに新たなる創世を始める。
しかしヒトの虚を象ってみてもやはり虚なのだ。
─── 初めからなんにもなかったかのように。

つじの える Eru Tsujino

1991年生まれ。都立片倉造形美術コースにて絵画技法の基礎を学ぶ。日本大学芸術学部文芸学科にて日本文学を学び2年修了時に中退。新聞編集者の職を経たのち2013年より展示活動を開始。本展がギャラリーにおける初の単独展。